2015年11月20日更新

バレエの歴史とロシア(後編)─バレエはイタリアで生まれ、フランスで育ち、ロシアで成人した

前編はこちらから

バレエ・リュスの活躍とロシア革命前後の革新    

ディアギレフ率いる「バレエ・リュス」、いわゆる「ロシア・バレエ団」の活躍は、バレエを世界に広めるきっかけになりました。「バレエ・リュス」は、1909年、ロシアではなく、フランス・パリのシャトレ座で旗揚げされました。卓越した芸術プロデュースのセンスを持つディアギレフは、アンナ・パブロワ、タマラ・カルサーヴィナ、ヴァーツラフ・ニジンスキーなど、主としてマリインスキー劇場のバレエ団(マリインスキー・バレエ)のダンサーたちを率いて、フランスをはじめヨーロッパ各地で公演を行います。

辺境と思っていたロシアから来たダンサーたちの卓越した技術や優美さ、殊に男性ダンサーのダイナミックな跳躍にパリの観衆は度肝を抜かれ、なかでもニジンスキーは一躍有名になりました。翌1910年に上演された『火の鳥』は、赤や金色の極彩色の衣装、ストラヴィンスキーの斬新な音楽でロシア民話を鮮やかに描き出し、バレエ界に革命をもたらしたのです。またディアギレフは音楽をストラヴィンスキーのみならずフランス人のラヴェルやドビュッシーに依頼したほか、マチスや当時無名だったピカソに舞台背景を、ローランサンに衣装を依頼するなど、「バレエ」を通し、音楽や絵画など様々な前衛芸術の発展にも影響を与えました。  

バレエ・リュスは1929年、ディアギレフの死とともに空中分解してしまいますが、振付師やダンサーが英国やアメリカ、パリなどで活動を続けたことにより、その革新的なバレエは世界に広まっていきました。
マリインスキー・バレエ 「ジュエルズ」エメラルド(ジャパン・アーツ提供)

一方ロシアでは1917年にロシア革命が起きてソビエト連邦の時代となり、バレエ・リュスのような斬新な作品からプティパらが提唱した古典回帰への動きが起こります。1930年代後半、ロシアで18世紀来行われてきたレッスンを体系化したのが、マリインスキー劇場(ソ連時代はキーロフ劇場と改称)のバレエ団のダンサーであり教師であったアグリピナ・ワガノワでした。彼女がまとめた著作『クラシック・バレエの基礎』はワガノワ・メソッドとしてバレエの基本形のひとつとなり、ロシアのみならず世界中で取り入れられるようになります。その功績を称えて1957年、帝室舞踊学校は国立ワガノワ記念バレエ学校と改称されました。  
 
ボリショイ劇場
さらにソ連時代、帝室の庇護を受けていたマリインスキーは次第に冬の時代を迎えます。首都が移されたモスクワのボリショイへは、マリインスキーから名だたる振付家やダンサーが移籍し、急速に力をつけます。海外公演が自由に行えず、上演演目や内容も制限されたため、ルドルフ・ヌレエフやミハイル・バリシニコフなど海外に亡命するダンサーも数多くいましたが、マイヤ・プリセツカヤのようにソ連にとどまって活動を続けたダンサーもいました。

また弱体化を余儀なくされたマリインスキーですがワガノワの弟子たちにより振り付けられた『スパルタクス』『石の花』『愛の伝説』、ショスタコーヴィチの交響曲に振り付けた抽象的な作品『レニングラード交響曲』といった新作を上演し、ボリショイも『ファラオの娘』などプティパの埋もれた名作を復活させ、さらに現代舞踊の上演にも取り組みます。そしてサンクト・ペテルブルクのキーロフ、モスクワのボリショイという、ソ連の二大バレエ団の名声はその実力とともに「ロシアといえばバレエ」という評価を確立していったのです。  

1991年のソ連崩壊前後に、ロシアのバレエ団では、体制変化による政府の資金援助の減少などで、再び優れたダンサーや振付家が国外に流出し、一時、ロシア・バレエ自体も質の低下が懸念されたこともありましたが、一方でソ連時代に海外に亡命したダンサーが指導者として戻ってくるなど、新たな時代を迎えたのでした。

マリインスキー・バレエもキーロフから名称を元に戻し、あらためてロシア・バレエの伝統を守るバレエ団として存在感を発揮し続けています。何より現在の国内外の人気ぶりを見れば、その完成度の高さを疑う余地はありません。優美な踊りと洗練された演目で知られるマリインスキーに絢爛豪華でエネルギッシュなボリショイ。ロシア・バレエの伝統と人気を支える二大バレエ団は健在です。


主な参考文献
読んで旅する世界の歴史と文化 ロシア(監修/原卓也 新潮社 1994年)
バレエの宇宙(編/佐々木涼子 文春新書 2001年)
ユーラシア・ブックレット 知られざるロシア・バレエ史(著/村山久美子 東洋書店 2001年)
これがロシア・バレエだ!(著/赤尾雅人 新書館 2010年)
ロシア・バレエの黄金時代(著/野崎韶夫 新書館 1993年)
ビジュアル版バレエ・ヒストリー バレエ誕生からバレエ・リュスまで(著/芳賀直子 世界文化社 2014年)
■マリインスキー・バレエ 2006年・2009年・2012年公演プログラム
■新国立劇場バレエ団バレエ・リュス ストラヴィンスキー・イブニング2013年公演プログラム