2020年6月30日更新

第14回 ロシア・サンクトペテルブルク郊外 エカテリーナ宮殿×琥珀の間

サンクトペテルブルク郊外 エカテリーナ宮殿
「エカテリーナ宮殿内 琥珀の間」

エカテリーナ2世(在位1762年~1796年)はロシアのロマノフ王朝第8代の女帝であり、プロイセンのフリードリヒ大王やオーストリアのヨーゼフ2世とともに啓蒙専制君主の代表と言われています。ロシア帝国の領土をポーランドやウクライナまで拡大し「大帝」と称されています。帝政ロシア時代のロシア帝国国立銀行が発行した100ルーブル紙幣の肖像に描かれたほか、現代でも沿ドニエストル共和国の国立銀行が発行する500沿ドニエストル・ルーブルにも描かれています。
中屋所有 帝政ロシア100ルーブル紙幣
沿ドニエストル共和国の500沿ドニエストル・ルーブル

このエカテリーナ2世ゆかりの宮殿がロシア帝国の都サンクト・ぺテルブルグ郊外のツァールスコエ・セローにあります。それがエカテリーナ宮殿です。この宮殿は最初、1724年、ピョートル大帝の妃、エカテリーナ1世のために建設されたもので、宮殿の名前はエカテリーナ1世に由来しています。
その後、女帝エリザヴェータの命により、建築家ラストレッリの手でバロック様式に改築、更にエカテリーナ2世の時代になってロココ様式とクラシック様式で改築され現在の形になりました。建物は長さ約300メートルに及び、外観は白と淡いブルー。屋根の上には5つの黄金のドームが輝いています。



この宮殿は典型的なロココ様式の宮殿であり、部屋ごとに装飾が異なっていて、「緑の食堂」、「青の客間」、「中国風の部屋」などがありますが、その中で特にご注目いただきたいのが「琥珀の間」です。
この部屋はその名前の通り、部屋の壁一面琥珀が貼り付けられています。もともと、これは18世紀初頭にプロイセンの国王フリードリヒ1世が作った「琥珀の部屋」でしたが、それをロシアのピョートル大帝が譲り受け、1755年に現在のエカテリーナ宮殿に移築されました。その後、第二次世界大戦中にエカテリーナ宮殿はドイツ軍に占領され、1944年に撤退した後には「琥珀の間」の琥珀はすっかり持ち去られてしまっていました。
修復が完了した琥珀の間
1980年代から「琥珀の間」の修復・再現が始まり、2003年のサンクトペテルブルグ建都300周年に合わせてついに修復が完成。現在私たちもこの素晴らしい「琥珀の間」を見学することができます。
琥珀の微妙な色合いをうまく組み合わせ、黄金の縁取りと合わせてこの上ない豪華さです。世界の宮殿の部屋の中で最も美しいものと言っても過言ではありません。


次回はオーストリア・ウィーン 美術史美術館をご紹介します。お楽しみに!
次回更新予定:7月8日(水)

東京支店:中屋雅之


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