2020年6月10日更新

第11回 マドリード・ソフィア王妃芸術センター×ピカソのゲルニカ

マドリード・ソフィア王妃芸術センター
「ピカソのゲルニカ」

絵画「ゲルニカ」はスペインの画家パブロ・ピカソの代表作とも称される作品であり、現在はスペイン・マドリードの「ソフィア王妃芸術センター」に納められています。

この作品は1937年7月、スペイン内戦時代に、ドイツ空軍がスペイン北部バスク地方の町ゲルニカを無差別爆撃(ゲルニカ爆撃)したことを主題としたものです。1934年からピカソはスペインを離れ、フランスのパリに在住していましたが、1937年4月26日、フランコ軍に味方するナチスドイツ軍がゲルニカの無差別爆撃を行うと翌日には新聞に掲載され、ピカソも知るところとなりました。
丁度、パリ万国博覧会のスペイン館を飾る壁画を依頼されていたピカソはこれを主題に壁画を描きました。
この作品は発表当時は評価は高くありませんでしたが、やがて反戦や抵抗のシンボルとなり、「偉大な神が降りた」とも評されるようになりました。その大きさは3.49メートルX7.77メートルという大きなものです。
『ゲルニカ』の壁画
この作品はピカソの絵画らしく、極めて象徴的で理解するのが難しいかもしれませんが、1945年頃ピカソ自身このように述べています。

「牡牛はファシズムではなく残忍性と暗黒である。(中略)馬は人民を表す(中略)『ゲルニカ』の壁画は象徴的、寓意的なものである。だから、私は馬や牡牛やその他を使ったのだ」と。

この絵は人それぞれ、様々な解釈の仕方がありますので、皆様自身でこの絵の前に立って感じていただきたいと思います。

この絵の題材になったゲルニカという町はスペイン北部のバスク地方にある人口13000人ほどの小さな町です。
この町は史上初の都市無差別爆撃により2000人以上が死傷し、廃墟と化してしまいました。今では修復され、新しい街に生まれ変わっています。
ゲルニカはバスクの文化色が非常に強く、住民の多くはスペイン語のみならずバスク語も話し、街中にはバスク語の看板も見られます。
街の独立の象徴 ゲルニカの木
バスク地方の街・ゲルニカの議事堂内のステンドグラス
バスクは19世紀まで自治が認められていましたが、その起源は中世に「ゲルニカの木」の下で独立の宣誓をしたことに始まります。その場所には現在「バスク議事堂」が建ち、ゲルニカの木も議事堂西側に移されて大切に保管されています。
現在のバスク議事堂の内部は天井のステンドグラスにゲルニカの木が描かれています。  
また、ここから少し歩いた広場にはピカソのゲルニカの壁画の実物大のレプリカの壁画がありますので、ぜひご覧ください。



次回はフランス・パリ ルーヴル美術館をご紹介します。お楽しみに!
次回更新予定:6月17日(水)

東京支店:中屋雅之


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