2020年7月17日更新

第16 回 ベルゲン(ノルウェー)と作曲家エドヴァルド・グリーグ

ベルゲンの町並み

フルートの清々しい旋律から菅弦楽器がいくつも重なり合い広大な情景へと広がっていく『ペール・ギュント」第1組曲「朝」、ノルウェーの作曲家エドヴァルド・グリーグの代表作ですね。 夏本番はもう目の前。清々しいこの曲とともに今回はベルゲンとグリーグをご紹介します。
エドヴァルド・グリーグ

若き日の出会い。ノルウェー人としての強い誇りと熱意

グリーグは1843年ノルウェーのベルゲンに生まれます。
芸術に理解がある裕福な家庭で母がベルゲン一有名なピアニストだったこともあり、幼少期から音楽は生活の一部でした。母からピアノを教わりながら即興や作曲をするようになり、ライプツィヒ音楽院へ留学もして、首席で卒業しています。さらに経験を積むためデンマークのコペンハーゲンへ。当時コペンハーゲンには才能ある若い音楽家や芸術家が集っていました。グリーグはここで彼の作品に大きな影響を与える親友に出会います。リカルド・ノードロークです。彼は現在のノルウェーの国家を作曲した人物で、ノルウェー人としての強い誇りと熱意を持っていました。彼と接するうちにグリーグは自分の作品がノルウェーの民族音楽に根付いていることに気づきます。それからは民族意識溢れる作風に傾倒するようになりました。また、当時民族音楽は低い階級の音楽とされていましたが、叔父がノルウェーの民族音楽を広げる活動をしており、このことからも影響を受けていきます。


 

最愛の妻ニーナとのベルゲンでの音楽活動

ニーナとグリーグは従妹同士で幼いころは交流がありましたが、彼女が8歳でコペンハーゲンに引っ越してからは疎遠でした。大人になってから再会しニーナもソプラノ歌手ということもあり意気投合、1867年に結婚し、これ以降の作品のほとんどが彼女のために作られたといわれています。
結婚後一時オスロに住んでいましたが1885年にベルゲンの郊外「トロルドハウゲン」に住居を構え精力的に演奏、作曲活動に取り組みます。ベルゲンはノルウェー第2の都市で西海岸に位置し、かつてハンザ同盟の中心地として栄えていました。何百年もの前の氷河の浸食が複雑で美しいダイナミックなフィヨルドを生み出しており、ノルウェーの代表的な風景です。トロルドハウゲンの自宅もフィヨルドに面しており、住居とは別に作曲小屋も建てられました。小屋には大きな窓があり、そこから澄んだ海に泳ぐ魚や貝、対岸のカラフルな家などの景観を望むことができ、雄大かつ繊細さも兼ね備えた自然からインスピレーションを受けていたことがうかがえます。住居は現在博物館になっており、当時生活していたそのままの状態が保たれています。また敷地には200人収容のコンサートホールもあります。内部はガラス張りになっていて、グリーグが作曲小屋から眺めていた景色と同じ景色をどの席からでも眺められるよう工夫されています。

ベルゲン郊外「トロルドハウゲン」

ハダンゲルフィヨルドを望む小さな作曲小屋

ベルゲンから東に約160キロ。春にはリンゴやサクランボの花が咲き、女性的な美しさを持つハダンゲルフィヨルド沿いのロフトフースという小さな町。ここにもグリーグは作曲小屋を持っていました。
グリーグは春から夏になるとここを訪れこの地方の民族音楽や民族楽器に触れ作曲活動に取り入れました。
冒頭の「朝」の主題メロディは、通常の4本弦の下に共鳴弦をもつこの地方独特のハダンゲルヴァイオリンの澄んだ牧歌的な音色から着想を得たと言われています。山の緑と海の青、丘隆に並ぶ北欧らしい家々の景色や自然の中に感じる音がグリーグの心を癒し、ノルウェーの民族的要素を取り入れた楽曲を生み出したのでしょう。

ハダンゲルフィヨルドの美しい風景
グリーグの作曲小屋
現在はホテルの敷地内に
次回はシャンベリー(フランス)と哲学者ジャン・ジャック・ルソーです。

次回更新予定:7月24日(金)
藤沢営業所所長:近 博之


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