2020年6月29日更新

第13回 マヨルカ島(スペイン)とフレデリック・ショパン

晩年のフレデリック・ショパン

マヨルカ島(スペイン)とフレデリック・ショパン

スペイン・バルセロナからわずか30分のフライト。
航空機は徐々に高度を下げ始めると、真っ青な地中海から眼下には岩山の景色が広がってきます。これがマヨルカ島?と一瞬目を疑います。地中海きってのリゾート、マヨルカ島は北西部にトラムンタナ山脈が連なり、意外にも山がちな島という側面があります。

「ピアノの詩人」フレデリック・ショパン。
彼の肺をむしばむ疾患もマヨルカ島の空気が癒してくれるだろう、そう思ったショパンはマヨルカ行きを決めます。

※今回は現地のカタルーニャ語読みのマヨルカ(英語読みはマジョルカ)で記載させていただきます。

 

州都パルマ・デ・マジョルカ

ジョルジュ・サンドとの出会い

マヨルカ島は地中海の真珠とも形容されるほど、そのイメージは青い海と青い空、開放的な地中海の島、というものではないでしょうか。
28歳のショパンは慢性的な肺の疾患がありました。当時住んでいたパリは若きショパンへのゴシップも多く、落ち着きと自分自身の療養も兼ねてマヨルカ島行きを決めました。 連れだって行ったのが、男装の作家ジョルジュ・サンドです。パリの社交界を何かと賑わせる、今でいうならワイドショーを常に賑わせてしまうような女性です。社交界の男たちを弄んではひんしゅくを買い、それをむしろ楽しんでいて気にもとめない、何とも神経の太い女性です。バルザックヤヴィクトル・ユゴー、ボードレール、エミール・ゾラ、ドラクロワなど錚々たる文豪、芸術家との交流もありました。

 

1838年11月、ショパンとサンドはマヨルカ島、バルデモッサ村へ

1838年11月8日、ショパンとサンド、そして二人の子供たちがマヨルカ島の州都パルマ・デ・マジョルカ(以下パルマと記します)に到着します。
しかしながら、全てが揃うこの街では宿泊先は見つかりませんでした。ただでさえよそ者を受け入れない閉鎖的な当時の島では、ショパンの肺の疾患、咳き込む彼を受け入れるところがなかったのです。
仕方なく数十キロ北に離れたバルデモッサ村のカルトジオ会の修道院へと仮住まいを決めることになります。このバルデモッサ村は冒頭でお話ししたトラムンタナ山脈の麓にある小さな村、地中海のリゾート色など一切ないスペインの片田舎の小さな村です。
ショパンとサンドがひと冬を過ごした
カルトゥッハ修道院
山麓の村、マヨルカ島バルデモッサ村

マヨルカの冬、そして雨

1838年、この年のマヨルカ島は異常な程の雨が多く降りました。
「陽光輝く」というショパンの期待とは裏腹に来る日も来る日も降り続く雨、そして修道院に借りた一部屋は暗く、湿気がこもり、石造りの部屋で寒々しく毎日を過ごします。そんな中で彼の体調は日ごとに悪化、生気は失せ、顔はやつれます。そして連れ立って歩くのは男装の麗人とも言われるジョルジュ・サンドです。山間の村、閉鎖的な地元の人たちからは奇異な目で見られ、孤立していきます。おまけに彼の愛したプレイエル社のピアノはパルマの税関で法外な金額を要求され留め置きにされてしまいます。
サンドはこの冬の一日をこんな風に回想しています。

「その日は体の調子が良かった。彼を残して私はモーリス(子供)を連れ、必要なものをパルマまで買いに出かけた。雨が降り始め、川が急激に氾濫した。病人が不安になっているだろうと急いだ。はたして彼の不安は激しいものであったか、凍りついてしまったようだ。絶望の果ての落ち着きの中にあった。涙を流しながら美しいプレリュードを弾いていた。この夜の彼の作品は、カルトジオ修道院のよく響く瓦の上で反響する雨のしずく、そのものだったが、そのしずくは天から心に落ちる涙となっていた」

絶望、孤独、不安、マヨルカの冬はショパンを優しく受け入れることはありませんでした。
この環境の中で作曲したのが「雨だれ」を含む「24の前奏曲(プレリュード)」です。

バルデモッサ村の小路

ショパンは翌年1839年2月13日、療養どころかかえって体調を崩しパリへ戻ります。
その後の約7年間はフランス中部のノアンという町で夏の間を過ごし、「英雄ポロネーズ」をはじめ彼の作品の3分の2をここで完成させていきます。しかし彼の体調は完全に回復することなく1849年、39歳にしてこの世を去ります。葬儀はパリのマドレーヌ寺院でした。



今もバルデモッサ村を訪れるとショパンとサンドが暮らした修道院の一室が展示とともに残っています。
心待ちにしていたプレイエル社のピアノも残っています。マヨルカ島を訪れたなら、1838年の冬に思いを馳せて、ショパンのプレリュードを聞きながら、バルデモッサ村の石畳の小路を歩いてみてください。


次回はリスボン(ポルトガル)と幸運王マヌエル1世です。
お楽しみに!
次回更新予定:7月3日(金)

藤沢営業所所長:近 博之
 
 
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