2019年10月3日更新

オマーンで生まれたアラビアの香り 乳香

ニュウコジュの木

マスカットのスークを訪れると乳香の、少しツンとしながらも、ほのかに甘さも感じられる香りが漂っています。今回はオマーンの特産品、乳香についてご紹介しましょう。




旧約聖書にも登場する乳香

乳香はカンラン科のニュウコウジュの木から分泌される樹脂で、フランキンセンス、あるいはオリバナムとも呼ばれます。ニュウコウジュの木はオマーン南部のドファール地方やイエメン、ソマリアといった限られた地域のみに植生し、高さは3~10メートル。木肌はサルスベリのようにツルツルで、樹皮を切るとミルク色の樹液が分泌されます。これが乳香で、熱した香炭の上に置くと、煙とともに香りが立ちます。
乳香は熱して薫りを立たせます
このように熱を通して香りを立てる薫香は14世紀頃、アラビアでアルコールを利用した香水が発明されるまでは香りの文化の中心で、乳香は5000年以上も前から、メソポタミアの人々が神殿で焚いていたことがわかっています。

また古代エジプトでも珍重されており、エジプトのファラオが紀元前2500年頃に大量の乳香を購入した記録が残っているほか、ルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿の壁画には紀元前15世紀に女王がアラビア半島に艦隊を派遣して乳香を入手した話が描かれています。旧約聖書にはシバの女王がソロモン王の博識を確かめるため、黄金、宝石とともに乳香を携えた遣いの者を送ったという話が記されています。

そしてクリスマス、イエス・キリスト生誕の折に祝いに駆け付けた東方三博士の贈り物のひとつが乳香であるなど、乳香は高価かつ神聖なものとして、重用されてきたのです。



隊商が行き来した乳香の道

かように権力者を魅了した乳香は、アラビア半島の主要な交易品として、「乳香の道」と呼ばれる交易ルートを生み出しました。これは現在のオマーンやイエメンからエジプトやイスラエルを経て地中海へ向かうもので、とくにオマーンのドファール地方の乳香群生地やオアシス都市遺跡、港湾遺跡、交易路跡は「乳香の土地」として、世界遺産に登録されています。
オマーンのマスカットも乳香の交易で栄えました

乳香の道は陸路をラクダで、あるいは季節風を利用して海路をゆくルートがあり、オマーンのサラーラ、イエメンのマーリブ、サウジアラビアのメッカやメディナといった町は乳香輸送の中継都市として発展しました。乳香の価格は同量の金と取引されるほどに高価で、紀元前5世紀頃にはすでに「ニュウコウジュの管理と生産は決まった家族のみが行う」など、厳しい決まりがあったことがわかっています。



男性も香りを楽しむアラブ世界

乳香は現在でも、オマーンの生活には欠かせないものとなっています。香りには魔よけ・浄化の役割があるとされ、家庭や店先などでは毎朝乳香を焚くほか、赤ん坊が生まれたときは、赤ん坊と母体を守るためとして、ゆりかごのそばで40日間乳香を焚き続けるのだとか。賓客のもてなしや、結婚式にも乳香は欠かせません。また乳香には消化、整腸、鎮痛、止血、殺菌など、薬用としての用途もあるほか、アロマテラピーでは不眠や鎮静、保湿・肌荒れへの効果もあるとされています。食品の香料としても利用されており、乳香フレーバーのアイスクリームやチューインガムなどもあるので、見かけたら試してみてはいかがでしょう。
 
オマーン男性が香りをまとうのは身だしなみ
またオマーンをはじめアラブ世界の男性にとって、香りをまとうのは身だしなみのひとつ。衣服に香を焚き込めるための、マスナッドと呼ばれる、木を三角錐型に組んだ専門の道具もあるほどです。裾の長い白いシャツのような男性の民族衣装の胸元にある房飾りには、好みの香りが染み込ませてあるほか、「ボフール」という練り香を楽しむ習慣もあります。日本でも平安時代の貴族らが、男女問わず着物や文に香を焚き込めていましたが、それと非常に近しいものでしょう。



世界で最も高価な香水 「アムアージュ」

乳香は現在では香り成分を抽出してアルコールに溶かし、香水としても利用されています。とはいえ、乳香の精油は1トンの樹脂から10キロ――つまり100分の1ほどしか採れませんから非常に高価です。これを用いたのが世界最高級といわれる、オマーンを代表する香水「アムアージュ」です。
王室御用達のアムアージュ
アムアージュは1983年、「オマーンの伝統を反映させた独自の香水を作りたい」という、カブール国王の命によってつくり出されました。調香師には世界随一の香水の町であるフランスのグラースから、ディオールやエルメスなど有名ブランドの香水を手掛けるギィ・ロベールを招聘。ロベールは乳香をベースに、没薬やランなどオマーンゆかりの自然の香料120種をブレンドしました。通常、高級香水に使われる香りは40~50種で、なかには人工香料も含まれますから、これがいかに高価かおわかりいただけるでしょう。さらにブレンドされた香水は、アルコール溶液のまま8週間寝かせるのだそうです。

こうしてつくられたアムアージュは、むろん王室御用達。賓客への手土産とされたほか、発売当初は24金の装飾を施したクリスタルの特製ボトルに詰められて販売されていました。現在はモダンなボトルで、1本1万5000円くらいと、一般の人々にも手の届く価格で販売されています。興味のある方は中東の免税店などを覗いてみてはいかがでしょう。





「歴史の国 オマーンとドバイの旅」は各地より設定しています(10月3日現在)
【成田】 【関空】 【中部】 【福岡】


主な参考文献
■『知られざる国オマーン』(著/森元誠二 アーバン・コネクションズ  2012年)
■『香りと歴史 7つの物語』 (著/渡辺昌宏 岩波ジュニア新書 2018年)
■『イスラムのシルクロード』 (著/林 茂雄 芙蓉書房出版 1997年)
■『オマーン見聞録』 (著/遠藤晴男 展望社 2009年)
■『アロマテラピー精油事典』 (著/バーグ文子 成美堂出版 2016年)