2019年7月24日更新

世界の舞踊と音楽が融合したアルゼンチン・タンゴ

アルゼンチンと言えばまず頭に浮かぶのがタンゴではないでしょうか。
今回はタンゴの生まれた歴史やその歩みについてご紹介しましょう。


踊りは移民の「共通言語」

1861年に共和国となり国情が落ち着いたアルゼンチンは、ヨーロッパからの大量の移民が訪れ、とくに首都ブエノスアイレスは人種のるつぼでした。そうしたなかタンゴは1880年頃、ラプラタ川沿いの港町・ボカ地区のカミニート付近の酒場で、移民や労働者の娯楽として生まれたといわれています。当初は「ミロンガ」と呼ばれ、音楽は黒人たちの音楽カンドンベ、スペインで生まれキューバで育ったハバネラやイタリア民謡など、移民たちの様々な音楽が融合したもの。その曲に合わせて男女、あるいは男同士が踊り、それがいつしかタンゴと呼ばれるように。リズムやステップの形式はとくにありませんでした。


ドイツからバンドネオンが
名歌手カルロス・ガルデルの登場


タンゴは瞬く間に庶民の心をつかみ、ブエノスアイレスではタンゴ楽団やダンスホールがつくられました。そしてそれ抜きでタンゴは語れないドイツ生まれの楽器、バンドネオンが20世初頭に移民により持ち込まれます。バンドネオンの「侘び寂び」ともいえる郷愁を帯びた音色が人々の心に大きく響いたのか、この楽器は瞬く間にタンゴ音楽の主役となり、「オルケスタ・ティピカ(典型的オーケストラ)」というバンドネオン、バイオリン、ピアノ、ベースから成る4種編成の基本スタイルが定められます。ダンスのステップも整備され、1910年にブエノスアイレス初のタンゴダンス教習所が登場しました。1914年には「タンゴと言えばこの曲」という『ラ・クンパルシータ』が書かれます。作曲者はウルグアイ人のヘラルド・エルナン・マトス・ロドリゲスで、アルゼンチンのタンゴ楽団が編曲し、大人気となりました。
カルロス・ガルデル通り
さらに「喉に涙を持つ男」、名歌手カルロス・ガルデルの登場は、新たに「タンゴ歌謡」を生み、世界的なタンゴ人気をもたらしました。ガルデルは1917年に『わが悲しみの夜』を歌い、これが大ヒット。彼の登場で数多くの歌手や、本格的な作詞家も誕生しました。淡谷のり子が歌った『ジーラ・ジーラ』の原詩を書いたエンリケ・サントス・ディセポロは、タンゴの代表的な作詞家のひとりです。

ガルデルはアルゼンチンをはじめアメリカやヨーロッパなど世界中で公演を行い、約500曲を録音したといわれます。彼が出演した映画『ベノスアイレスの灯』(邦題)は世界中で上映され、1932年に日本でも公開されました。スペインの映画館ではガルデルが歌い終わるとアンコールの拍手が止まず、フィルムを巻き戻して歌の場面を再上映したという話も。しかしガルデルは1935年、人気絶頂期に飛行機事故で突如世を去ります。享年44歳でした。今なお国民的スターである彼の誕生日12月11日は「タンゴの日」となり、没後50周年の式典は大統領も参加して執り行われました。ガルデルの名を冠した通りや駅もあり、ブエノスアイレスのタンゲリア「エスキーナ・カルロス・ガルデル」前に立つ彼の銅像には手向けの花が絶えません。


世界から逆輸入で「市民権」を

第一次世界対戦後、タンゴはヨーロッパに上陸し、とくにフランスのパリで絶大な人気を博しました。1920年にブエノスアイレスのタンゴ楽団が初めて行ったパリ公演は、男性がアルゼンチンのカウボーイ、ガウチョの服装で踊ったところ、これが大成功。ガウチョファッションを模した女性のスカートが登場し、1926年にココ・シャネルがタンゴに触発され大胆なカットのダンスドレスを発表するなど、タンゴはパリのファッション界も魅了したのです。一方「タンゴは猥褻」という評判も立ち、ドイツやオーストリアでは禁止令が出されますが、名ダンサー、カシミロ・アインが1923年にローマ教皇ピオ十一世の御前でタンゴ『アヴェ・マリア』を堂々と踊り、世評を吹き飛ばしました。アメリカでも、タンゴダンサーでもある俳優ルドルフ・ヴァレンティノがサイレント映画でタンゴを踊り、ブームに一役買いました。
ノスタルジックな音楽と踊りは世界の人々を魅了
何よりこの世界的なタンゴブームの最大の功績は、タンゴを「下賤な大衆文化」と見下していたアルゼンチンの上流階級の認識をあらためさせたことです。タンゴはいわば逆輸入でアルゼンチンの文化としての「市民権」を得たのでした。ブエノスアイレスの上流社会はパリを文化の模範としていただけに、彼の地での人気はタンゴにとって、最強のお墨付きだったのです。 ピアソラの功績と本場の活気  映画やレコード、ラジオなどに乗って「黄金の40年代」といわれる絶頂期を築いたタンゴは、時代とともに新風を取り入れながら歩み続けています。バンドネオン奏者でもあったアストル・ピアソラは、クラシックやジャズを取り入れた新しいタンゴ音楽を次々と発表。『ブエノスアイレスの四季』『リベルタンゴ』はタンゴファンのみならず、ジャズやクラシックファンからも愛されています。
カラフルに生まれ変わったカミニート
今でもブエノスアイレスはタンゴの本場として、その歴史を積み重ねています。タンゴの古い名称であった「ミロンガ」は、今は気軽にタンゴを踊れるダンスホールの名となり、ジーンズの若者からシニアまで、様々な人々が夜ごと踊りに興じています。タンゲリアは食事や飲み物とともに、プロによる踊りや音楽、歌などのタンゴショーを楽しむ場。店ごとに工夫を凝らしたショーは観光客にも人気です。タンゴ発祥の地ボカ地区のカミニートは、古ぼけた建物が地元デザイナーの発案でカラフルに塗られ、人々の目を楽しませています。



ビジネスクラスでブエノスアイレスを訪ねる旅はこちらから(2019年7月現在)



主な参考文献
■『新編 やさしいアルゼンチン・タンゴの踊り方』 編/マリア&カルロス・リバローラ 音楽之友社 1998年) ■『タンゴ 歴史とバンドネオン 新装版』(著/舳松伸男 東方出版 2018年)
■『アルゼンチンを知るための54章』(著/アルベルト松本 2005年)
■『ラテンアメリカからの問いかけ』(編/西川長夫・原毅彦 人文書院 2000年)