2019年2月22日更新

観光立国スイスの今昔

スイスは26の州と准州から成る連邦国家。公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語の3カ国語。国語としてロマンシュ語も認められています
3000〜4000メートル級の山々を擁する山岳国スイスは、ドイツやフランスからイタリアへ抜ける要衝として、古代ローマ帝国をはじめフランク王国、神聖ローマ帝国やハプスブルク家など、時代の変遷とともに列強諸国の支配を受けてきました。

こうしたなか、1291年にウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの3つの自治州がハプスブルク家に対抗するため「永久同盟」を結成。これがスイスの元となり、さらに自治都市ルツェルン、チューリッヒ、ベルンなどが加わりって1499年にスイスとして独立を果たします。独立はすれども、スイス一帯は自然環境が厳しく農地も乏しい貧困地帯で、今ではスイスの代表的な魅力である山岳風景も、19世紀の観光ブームが到来するまでは見向きもされなかったのです。

19世紀のスイスブームで芸術や文学・音楽が誕生

19世紀、貴族やブルジョワなど市民社会の高揚とともに興ったスイスの観光ブームのきっかけは、16世紀頃から英国貴族の子弟が見聞を広めるために行われていたグランドツアーでした。当初の目的地は歴史の宝庫イタリアで、スイスは単なる通過地点にすぎなかったのですが、18世紀末、スイスにジャン・ジャック・ルソーが登場し、ヴォルテールら哲学者がジュネーブやローザンヌに拠点を置いたことから、これらの街は知識人が注目する旅の目的地となります。またそれまで魔境として見向きもされなかった山岳や森の景観は、ロマン主義の台頭とともに美しきものへと価値観が変わります。英国のウィリアム・ターナー(1775〜1851)のように、スイスの山岳や洞窟を描く画家も登場しました。
(上)レマン湖モントルー ©Switzerland Tourism (下)マイリンゲン駅に佇むホームズ像
スイスを舞台にした詩や小説も人々の旅への思いを掻き立てます。なかでも英国の詩人バイロンは『チャイルド・ハロルドの巡礼』(1812年)でローザンヌやレマン湖を謳い、『マンフレッド』(1817年)ではユングフラウの景観を描き、スイスブームに大きな影響を与えました。堰を切ったように世界各地から王侯貴族をはじめ作家、画家、音楽家がスイスを訪れます。

バイロンに触発された音楽家のチャイコフスキーやシューマンらは、それぞれ交響曲『マンフレッド』を作曲しました。リヒャルト・ワーグナーはルツェルン郊外のトリプシェンでオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を完成させ、その家は現在記念館となっています。『シャーロック・ホームズ』シリーズの作者であるコナン・ドイルは、人気の出過ぎた名探偵のシリーズをいったん終結させるべく、マイリンゲン近郊のライフェンバッハの滝にホームズを突き落としました。轟音を立てて流れ落ちる滝の景観は、落ちたら二度と浮かんでくることはできない迫力を抱かせたに違いありません。なおマイリンゲンの駅にはホームズの銅像がありますので、ファンの方は立ち寄る機会があったらぜひご覧ください。


登山鉄道の歴史は100年以上 環境配慮は世界の先進事例

18世紀末から19世紀初頭のモンブラン、マッターホルンやアイガー初登頂の成功は登山ブームにも火をつけ、1821年にはモンブランに初の山岳ガイド事務所が誕生するほどの人気ぶりとなりました。現在でもツェルマットの老舗ホテルとして知られるホテル・モンテローザは1853年、宿泊客の英国人登山家ウィンパーのマッターホルン初登頂成功がホテルとツェルマットの知名度を上げるきっかけとなったのです。
昨年125周年を迎えたユングフラウ鉄道 ©Switzerland Tourism
1871年のリギ登山鉄道の開通で、誰もが標高2000メートルを越す山々からの絶景を楽しめるようになりました。リギ山は国の英雄ウィリアム・テルが生まれたとされる地でもあったため、山には国の英雄の足跡とご来光を拝むためのホテルや展望台も整備されていきました。名峰ユングフラウヨッホの登山鉄道建設は1896年に着工され、海抜3454メートルの地にユングフラウヨッホ駅が完成したのは1912年。アイガー北壁の岩盤をくり抜く工事は100年以上前にすでに行われており、現在も世界中の観光客をひきつける名所となっていることに驚きを感じます。

1世紀以上の歴史を持つスイスの鉄道は観光用の特急列車から登山鉄道、ケーブルカーのほか、地域の人々の生活の足として網の目のように張り巡らされ、その総延長は約5380キロと、世界一の鉄道密度を誇ります。この恵まれた鉄道網を活かし、現在スイスではツェルマットやミューレン、サースフェー、シュトースなど、住民投票により車の立ち入りを禁じたカーフリーリゾートも増えてきました。

今でこそ金融業や精密工業によりスイスは発展し裕福な国となっていますが、EUにも加盟せず独自の道をゆく選択をした国民たちは天然資源が乏しい国だからこそ、観光客を魅了する景観や澄んだ空気を守り、環境に配慮した持続可能な町づくりを是として政策を進めています。この在り方は21世紀の観光開発の先進事例のひとつにもなっています。

春からのスイスの旅はこちらから(2019年2月現在)


主な参考文献
■『観光大国スイスの誕生』(著/河村英和 平凡社新書 2013年)
■『物語 スイスの歴史』(著/森田安一 中公新書 2000年)
■『世界歴史紀行 スイス』(著/鈴木光子 読売新聞社 1987年)
■『700歳のスイス』(著/宮下啓三 筑摩書房 1991年)