2018年9月26日更新

古代海洋国家の拠点レバノン
東西文明を繋いだフェニキア人の国

地中海の東、中近東に位置するレバノンは、紀元前15世紀頃からフェニキア人が都市国家を築き、海洋交易を通してアルファベットをヨーロッパに伝えました。今回は東西文明をつないだフェニキア人の末裔たちの国、レバノンをご紹介しましょう。

ビブロスは聖書の語源

地中海沿岸に南北に広がるレバノンは、南部はイスラエルに、東から北部はシリアと国境を接します。紀元前3000年頃から、この地一帯は旧約聖書にも登場するカナンと呼ばれ、メソポタミアやエジプトとの交易を通して様々な文化が行き交う文明の十字路でした。そして紀元前1200年頃に海洋交易で地中海へと乗り出したのが、フェニキア人と呼ばれる人々です。 彼らはベイルートやビブロス、シドン、ティルスといった都市国家を築き、古代ギリシャの都市やキプロス島、マルタ島、サルデーニャ島に拠点を築き、北アフリカにカルタゴを建設、イベリア半島まで広く交易を行いました。「フェニキア」とは彼らの特産品である貝紫の染料が染め上げる赤紫色のことで、古代ギリシャ人たち側からの呼称だったのです。  フェニキア人たちは貝紫だけでなく、様々な文化を広くヨーロッパに伝えました。そのなかでも最も重要なものの一つがアルファベットの元となったフェニキア文字です。

フェニキア文字はベイルートの北にある港町ビブロスで誕生したとされ、ビブロスで発掘された紀元前12世紀のアヒラム王石棺には最古のフェニキア文字が刻まれています。聖書「バイブル」の語源もこのビブロスに因むもの。ビブロスは言葉や書物といった、人類の英知を記す源といえるかもしれません。現在この町は世界遺産に登録され、紀元前4500年頃の住居跡や紀元前18世紀頃のオベリスク神殿のほか、のちの時代のローマ時代の円形劇場、11世紀の十字軍の要塞や城郭などを見ることができます。
フェニキア人の故地、世界遺産ビブロス遺跡 


国のシンボル・レバノン杉

フェニキア人はビブロスの港から、もう一つの重要な物資を積み出していました。フェニキアの繁栄を築き、現在レバノンのシンボルとして国旗にも描かれているレバノン杉です。杉と呼ばれてはいますが実際はマツ科の植物。ビブロス北部から東部にかけて連なる山脈一帯に自生していたレバノン杉は、腐りにくく丈夫で、非常に良質な木材だったのです。とくに船の建材として重用され、フェニキア人たちの船もレバノン杉で造られていました。
世界遺産カディーシャ渓谷
船そのものも木材とともに重要な交易品で、高値で取引されたといわれています。エジプトでは、クフ王のピラミッドからレバノン杉で造られた船が発見されるなど、両国には紀元前25世紀にはすでに交流があったことがうかがえます。エジプト人にとってレバノン杉は、樹脂はミイラを、香りのよい木材はミイラを収める棺をつくるために必須のものだったのです。 しかしレバノン杉は長年の伐採のため、また成長が非常に遅いことから数が激減し、現在では1200本ほどしか残っていません。世界遺産に登録されている「ガディーシャ渓谷の神の杉の森」には樹齢1000年を超える400本ほどのレバノン杉が、大切に保護されています。


イスラム時代のレバノン  

繁栄を極めたフェニキア人の都市国家も紀元前7世紀以降、新アッシリアや新バビロニアなどの勃興で衰退し、紀元前146年、カルタゴの陥落を機に古代ローマ帝国の属州となります。さらに東ローマ帝国を経て、7世紀にはウマイヤ朝、次いでアッバース朝がこの地を支配し、イスラム化が進みつつ、11世紀にヨーロッパではエルサレム奪還を目指して十字軍が興り、ベイルート、シドン、ティルスは十字軍の拠点として砦や教会が建てられます。

1516年にオスマントルコがこの地を制圧し、レバノンはオスマン帝国が崩壊する1918年までその支配下におかれました。こうした歴史を経て、様々な宗派のキリスト教やイスラム教が共存するのも、レバノンの特徴です。

 
「中東のパリ」ベイルート  

19世紀、オスマントルコの弱体化を突いて、フランスはヨルダンのキリスト教徒保護を名目にこの地に進出し、ベイルートを交易拠点とします。1918年、第一次世界大戦の終結後にシリアとレバノンを委任統治領とし、ベイルートに交易センターをはじめ「中東のパリ」と称されるフランス風の街並みを建設しました。たとえばパリの凱旋門を中心に放射状の道路が伸びるエトワール広場と同様のものが、ベイルートではオベリスクを中心につくられます。街路にはフランス風の建物が立ち、路上にテーブルを並べたおしゃれなカフェやレストランが軒を連ね、料理もまたフランスの影響を受けて洗練されていきました。
ベイルート  ©トリップノート toshe
第二次世界大戦後の1943年にレバノンが独立した後も、街は地中海沿岸の一大交易都市として発展を続けます。のちの内戦で被害を被った街並みも現在は復興し、現代的な味わいも加わってより洗練され、かつての華やかさを取り戻しました。地中海を望む海岸線にはフォーシーズンズなどのリゾートホテルが立つ一方で、ダウンタウンには昔ながらのモスクが佇み、この地の多様性を伝えています。フェニキア人が地中海を駆け巡り築いたこの国の魅力に、あらためて世界の観光客の目が注がれているのです。



主な参考文献
■『シリア・レバノンを知るための64章』(黒木英充・編著 明石書店 2013年)
■『地中海シルクロード 遺跡の旅』(樋口隆康・著 NHK出版 2007年)
■『シリア・ヨルダン・レバノンガイド』(ミルトス編集部 1997年)
■『シリアとレバノン』(小山茂樹・著 東洋経済新報社 1996年)