2017年5月30日更新

バイオリン製造技術の軌跡を訪ね イタリアからドイツへ

交響曲やオペラなどの演奏に欠かせない楽器バイオリン。

バイオリンについて詳しくなくても、 時価数億円とも称されるA・ストラディバリの名器について聞いたことがある人は ほとんどではないでしょうか。
  今回の旅のエッセンスは、名匠が作り上げた イタリア、ドイツ2つのバイオリンの街、そして天才モーツァルトに迫ります。







(左)モーツァルト クロッツバイオリン



現在も後継者が生きる 芸術都市クレモナ
歴史風情の漂うクレモナの街並み
ミラノから南東に約80キロ。1日もあればぐるりと回れるイタリアの美しい芸術都市がロンバルディア州のクレモナです。クレモナはバイオリン職人の街。16~18世紀には名器ストラディバリウスやアマティを生み、現在も80以上の工房が世界的な演奏者たちのためにバイオリンを作り続けています。街にはそんな看板がいたるところにあって、まさに街中がバイオリン工房かのようです。  日本人にとっては、ジブリ映画『耳をすませば』でヒロイン・雫が恋する少年・天沢聖司が、バイオリン職人になるべく修行に向かったイタリアの街としてご存じの方もいらっしゃるかもしれません。映画の天沢少年のように、世界中からクレモナを目指す人は今でも後を絶ちません。毎年秋には世界屈指の弦楽器展示会「クレモナ・モンドムジカ」が開催され、ヨーロッパはもとよりアジアからも買い付けや勉強に多くの人が訪れて、街中がお祭り騒ぎになります。
 
ストラディバリ像
バイオリンを知らない人でも一度は耳にしたことがあるだろう名器ストラディバリウス。製作したスペイン人のアントニオ・ストラディバリ(1644~1737年)がイタリアに移り住んで、クレモナに工房を構えたのは1680年のことでした。ストラディバリは2人の息子とともに、生涯でバイオリンをはじめヴィオラやチェロなど約1100挺の楽器を製作したと伝えられています。

バイオリンの音色は製作されてから200~300年後に一番脂が乗るそう。つまり、彼が作ったバイオリンはまさに今こそ一番美しい音色を奏でているのです。ストラディバリウスというバイオリンの名称は、ストラディバリの形容詞の形で、当時から製作者の名前が形容詞になるほどの人気ぶりだったことが偲ばれます。

そんなクレモナの街巡りは、街の中心、青空の下で開放感に溢れるコムーネ広場のドゥオモからスタート。クレモナのドゥオモはロマネスク・ロンバルディア様式の傑作として名高く、トラッツォと呼ばれる付属の鐘楼はイタリア一の高さ111メートルもあり壮麗です。クレモナの街には2013年にバイオリン博物館もオープンしました。ストラディバリ、アマティ、グァルネリをはじめとしたバイオリンのコレクション、マルチメディアを駆使した展示でバイオリンの歴史、製作過程を間近に見学することができます。
 
一人の職人がドイツに バイオリンの街をつくった

ハイドン、モーツァルト、ベートーベンといった古典派によってバイオリンを中心とした音楽作りが盛んになったのは18世紀後半からです。たとえば、当時のバイオリン・ソナタというとピアノが主体で、バイオリンがあればなおいいという状況でしたが、次第に両者が対等の役割を担うようになってきました。モーツァルトが作曲した26曲のソナタにも、こうしたジャンルの移り変わりをみることができます。
ミッテンバルト
巨匠たちによる音楽表現に変化が現れ、イタリアに起こったバロックの風がヨーロッパ各地へと広がる一方で、バイオリンの製作現場もイタリアから世界に広がっていきました。オーストリアとの国境に近いドイツ・アルペン街道の町ミッテンヴァルト。美しきアルスプスの懐に抱かれ、町の建物のいたるところにロマンチックなフレスコ画が描かれたかわいらしい田舎町は、別名ドイツのバイオリンのふるさとともいわれています。

ここをバイオリンの町にしたのは、マティアス・クロッツ(1656~1743年)というひとりのバイオリン職人。フレスコ画に彩られた教会の脇には彼の彫像があります。クロッツは10歳の頃からイタリアで20年にわたり修行を積んだのち、故郷のミッテンヴァルトに帰ってバイオリン製作を始めました。ストラディバリとも一緒に修行したクロッツの腕は確かで、故郷でたくさんの弟子に素晴らしい技術を伝えました。

この町のバイオリン博物館も必見。クロッツ以降、300年におよぶ町のバイオリン製作の歴史が展示され、200年以上前のバイオリンや世界の弦楽器を見ることもできます。1858年にはミッテンヴァルトにバイオリン学校が設立され、今でもヨーロッパをはじめ世界各国から生徒が集まっています。バイオリン製作者たちは自分が製作した作品は、どんなにたくさんある中からでも選び出せるというから驚き。木の特徴をつかみ、10年乾かした木を使ってでき上がりの音色を常に意識しながら手を進めていく。生きている木がバイオリンとして生まれ変わるのです。

クラシック音楽史上、天才と謳われるモーツァルトもクロッツ作のバイオリンを持っていたひとり。オーストリアにある「ザルツブルク・モーツァルテウム財団」はそのバイオリンを所蔵しています。残念ながらクロッツが製作したこのバイオリンは一般公開されていませんが、ザルツブルクにあるモーツァルトの生家やレジデンツでは、彼が子ども時代やウィーン時代に購入したバイオリンを見ることができます。

イタリア、ドイツ、そしてオーストリアへ。モーツァルトの出生地であり、連日多くの演奏会が催されるなど音楽の絶えることのない古都でバイオリンの歴史に思いを馳せてみるのもおすすめです。


主な参考文献
■ 文藝別冊『モーツァルト』(河出書房新社 2013年)
■『サラサーテ』Vol.49 (せきれい社 2012年12月
■『地球の歩き方 イタリア  2017~2018年版』 (ダイヤモンド・ビッグ社 2016年)
■イタリア政府観光局(ENIT)公式サイト