2017年5月1日更新

激動の歴史の中で進化し続ける
キューバ 極上スピリッツ、ラムの物語

サトウキビ
昨年、半世紀ぶりに米国との国交が回復し、世界の観光立国として着実に歩み始めたキューバ。「カリブ海の真珠」といわれてきたこの国のもうひとつの称号が「ラムの国」です。
今月号の旅のエッセンスは、三角貿易、奴隷制度、キューバ革命といった激動の歴史の影響を受けながらも、今なお進化し続けている極上のスピリッツの魅力から、キューバの原点をひもときます。


イスナーガの塔
平地を埋め尽くす サトウキビ畑  

米国フロリダのすぐ南に位置するキューバ共和国。面積は日本の本州の約半分で、本島のほか1600余りの島や岩礁から成るカリブ海最大の島です。もし、上空からこの国を眺めることがあれば、美しい海岸線に縁どられた平地の大半が、高さ4メートルにも及ぶサトウキビの畑に埋め尽くされていることに驚かされるでしょう。キューバのお酒といえば、サトウキビから蒸溜されるラムが代表格。かつて文豪アーネスト・ヘミングウェイがこよなく愛したラムを片手に、葉巻をゆったりとくゆらせる夕暮れは、キューバならではの至福の時間です。

東アジアの熱帯が原産地であるサトウキビをキュー キューバの人々は、当初クンヤヤと呼ばれる原始的な道具を使ってサトウキビから蜜や砂糖焦がしを作り、食物に甘みを添えるようになりました。ただ、16世紀末に圧搾機ができ砂糖の生産が拡大していく一方、プランテーションの労働力として気候が似ているアフリカから多くの人々が連れて来られました。すなわち、キューバ全土に富をもたらすこととなったサトウキビ栽培は、悪名高き奴隷制度と深く結びついているといわざるを得ません。16~18世紀からの300年で約1500万人のアフリカの人々がカリブに連行され、ヨーロッパと砂糖を取引する三角貿易が発展しました。 スペイン植民地化時代から時計が止まってしまったかのような街並みが残り、全体が博物館のような古都トリニダーの近郊には、かつて奴隷たちが逃げださないための監視塔「イスナーガの塔」がひっそりと佇んでいます。塔に上るとロス・インへニオス盆地の素晴らしい景観が広がる50キロ先まで見渡すことができ、胸を打ちます。
 
町中のスタンド
海の男たちに愛された ラムの前身

恵まれたカリブの気候、肥沃な大地、奴隷制度によって徐々に発展したキューバのサトウキビ栽培。作れば作るだけ売れる砂糖の生産量が飛躍的に増大していくなか、結晶化して砂糖になる部分と、結晶化しない、すなわち砂糖にならない部分が生まれます。日本で糖蜜と呼ばれる砂糖にならない部分を発酵することにより誕生したのが「タフィア」と呼ばれるラムの先駆けです。なお、茎を絞った後は紙の原料としても活用されていたそうです。
ハバナクラブ
このようにして生まれたラムは、当初は支配者階級が飲むのではなく、奴隷たちのエネルギー補給や御しやすくするための道具として用いられていました。また、船乗りや海賊たちの間で流行し、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見の航路においては180人の船員のうち100人が死んだといわれる壊血病の特効薬として信じられ、船や港の酒場で好んで飲まれていました。イギリス海軍が海兵の士気を鼓舞するために支給していたことも、ラムが航海や海の男のイメージとして語られるようになった由縁です。

キューバのサトウキビ生産がピークを迎えた1800年代になると、銅製の蒸溜器の導入で熟成も可能になり、ラムの品質は飛躍的に向上しました。代表的なブランドのひとつが、キューバの首都の名を冠したハバナ・クラブ。今では3、5、7、15年と熟成されたものが出回っており、なかでも「ロン・スペリオル」と呼ばれる高級品は、繊細なラム酒を望んだスペイン国王の「宮廷と帝国のエリートたちを満足させよ」という指示により開発されたもので、蒸留酒を瓶に入れ土に埋めて保存することで造られたそうです。マエストロたちの独自の製法が今に引き継がれています。


ヘミングウェイの 面影を訪ねて

キューバでは、ヘミングウェイとラムの面影を訪ねるのも楽しみ。ハバナのオビスポ通りにあるホテル・アンボス・ムンドスを定宿としたヘミングウェイは、ここで『誰がために鐘は鳴る』を書き下ろす日々で、オールド・ハバナのバーに通い詰め、キューバならではのラムの楽しみ方を知りました。日本で人気急上昇中のモヒートは、もともと16世紀後半からカリブで飲まれていた粗野なサトウキビ・リキュールに砂糖、ライム、イエルバ・ブエナ(ハーブ)を混ぜ合わせたものでしたが、19世紀後半にスペインからやってきたドン・バカルディが開発したホワイト・ラムに切り替えられ、モヒートと名付けられたといわれています。ヘミングウェイはこのカクテルが気に入り、砂糖抜きで何杯も飲んだとか。
フロリディータ
ただ、バカルディはキューバ革命により多くの富豪たちと同様に国を出てしまい、商標権もバカルディ社が取得していったため、本場キューバのモヒートの多くは別のキューバ・ラムに代用されています。まさにラムが常に歴史の流れに影響を受けながら、工夫を重ね続けていることがうかがえます。

また、オビスポ通りを毎日散歩していたヘミングウェイが途中で立ち寄ったのが、キューバ料理の名店「フロリディータ」。オーナーがすすめるダイキリを「ラムをダブル、砂糖抜きで」とリクエストしたオリジナルカクテルが「パパ・ヘミングウェイ」です。そんな彼が座っていたカウンターのスツールは「パパの指定席」とされています。

主な参考文献
■『キューバの歴史 先史時代から現代まで』(キューバ教育省編 訳/後藤政子 明石書店 2011年)
■『遥かなる風キューバ』(著/川島幸夫 東洋出版 2000年)
■『地球の歩き方 キューバ&カリブの島々』(「地球の歩き方」編集室 ダイヤモンド・ビッグ社 2013~2014年)
■ DTACキューバ観光情報局
■ 日本ラム協会