2017年1月19日更新

アンダルシアに咲いたイスラム美術の大輪
アルハンブラ宮殿

「世界で最も有名なイスラム建築」と呼ばれる建築物が、ヨーロッパに あります。場所はスペイン。アンダルシアの宝石、グラナダの丘にそびえ 「アルハンブラ宮殿」です。
 
アルハンブラ宮殿の名所、ライオンの中庭

ムーア人王朝の最期の砦 波乱の歴史を刻んだ宮殿

アルハンブラを建築したのはナスル朝グラナダ王国の初代の王ムハンマド一世。グラナダの小高い丘に築かれた城塞(アルカサバ)がアルハンブラの始まりです。その後、丘を城壁で囲み、その中に宮殿を建設、ムハンマド一世以降22人の王が増改築を重ね、イスラム建築の最高峰といわれるアルハンブラ宮殿ができました。一時、城内には2000人が暮らし、住宅だけでなくモスク、市場なども整備されていたそうです。

レコンキスタの結実とともに、260年を経て、アルハンブラはキリスト教徒の手に渡ります。このとき、宮殿が破壊されずに済んだのは、その美しさに感じ入ったイサベル女王が存続を命じたためといわれています。しかし異教徒の手にわたった建物がそのままの姿で残されることはありませんでした。スペインの王は新たな宮殿を建て、モスクは教会となります。さらに19世紀のナポレオン一世による侵略で破壊は進み、荒廃しますが、1冊の著書が宮殿復活のきっかけとなります。この地に滞在したアメリカ人ワシントン・アーヴィングが『アルハンブラ宮殿』を著したことで、世界が注目、修復が進んだのです。
アーヴィングを魅了した宮殿。その建築物としての魅力のひとつは、波乱の歴史を内包した場所であることです。  イスラム教徒からキリスト教徒へ持ち主が変遷したこの宮殿には、異なる嗜好や文化が混在しています。たとえば、王宮エリア最古の宮殿「メスアル宮」の広間。会議や裁判が開かれた場所でしたが、カトリック王の支配下で壁が壊され、外側の回廊を含めた広間が礼拝堂となりました。改装はその後も繰り返され、本来の入り口がどこかさえわからなくなっています。  イスラム建築の粋を集めたこの宮殿で最も異彩を放っているのが、神聖ローマ皇帝カール五世(スペイン王カルロス一世)が建てた「カール五世宮殿」です。四角い建物の中に円形の中庭を配したこのルネサンス建築を、アーヴィングは「傲慢で押し付けがましい」とこきおろしていますが、こうした混沌、大らかさこそが、アルハンブラ宮殿の持つ特異な美しさといえるのかもしれません。
アラヤネスの中庭

水と光を使った巧みな演出 中庭の池が美しい水鏡に 

アルハンブラ宮殿を特徴づける重要な要素として「水」も欠かせません。北アフリカからやってきた砂漠の民の「水」への憧憬の現れか、王宮エリアの中庭には池や噴水が配され、あらゆる場所で庭を流れる水の音を聞くことができたといわれます。  かつて王たちが公務を行った「コマレス宮」には、長方形の池を有する「アラヤネスの中庭」がありますが、この池の水面にアンダルシアの青い空に映えるコマレスの塔とムーア式の回廊を擁する建物が映り、幻想的な光景を作り出します。こうしたイスラム式の庭園は、後世の宮殿造りに多用され、その代表がインドのタージ・マハルです。  王の居住空間にあった「ライオンの中庭」では、124本の白大理石の柱に囲まれた庭の中央に、水盤を背中で支える12頭のライオンの石像が円形に並び、ライオンの口から流れる水の音が宮殿内に涼をもたらしています。

また、中庭からは、北側の王妃の館「二姉妹の間」に水路が引かれ、部屋に作られた円形の水盤の水が気化熱となって室内を冷やしました。いわば天然のエアコンです。ちなみに、トイレには水洗式が採用されていたそうです。
 
ライオンの中庭を囲む回廊
アルハンブラの建築のもうひとつの特徴は、アンダルシアの強烈な日射しを巧みに利用した「光」。ライオンの中庭を挟んで対峙する「二姉妹の間」と「アベンセラヘスの間」は、モカラベと呼ばれる鍾乳石の装飾に覆われた丸天井で知られますが、部屋の彫刻を宝石のように輝かせたのは、天井近くの透かし彫りの窓から射し込むやわらかい光でした。隣接する浴室の天井は採光孔に色ガラスがはめ込まれ、色とりどりの光がハーレムの女性たちの肌を妖しく照らしただろうと思わせます。

コマレス宮殿「大使の間」には王の威厳を最大限に見せる絶妙な工夫が施されていました。王が座す場所はステンドグラスの前。光を背負った王の顔は、謁見に訪れた諸外国の大使たちからは見えません。細密なアラベスクの装飾が埋め尽くしたドーム天井下の窓から射し込む光が広間を黄金に輝かせ、グラス越しの光が、王の姿を神秘的に浮かび上がらせたのです。

アーヴィングは、「『無いものが有るもののように見える世界』を歩き回るのが好きだ」と書いています。イスラム最後の王ボアブディルが悲嘆の中で退去した七層の塔の城門、父である王の命で美しい三人の王女が幽閉されていた塔、敵対する一族の策略で36人の男子が首をはねられた伝承の残るアベンセラヘスの間──アルハンブラの建物には、その一つひとつに逸話があります。空想力を道連れに宮殿を巡れば、より感慨深いものとなることでしょう


主な参考文献
■『アルハンブラ宮殿(上)(下)』(著/アーヴィング 訳/平沼孝之 岩波文庫 1997年)
■『週刊 ユネスコ世界遺産 No・10 グラナダの   アルハンブラ宮殿 コルドバの歴史地区』  (編/講談社 講談社 2004年《アンコール刊行》)
■『世界遺産の建築を見よう』  (著/古市徹雄 岩波ジュニア新書 2007年)
■ 『アルハンブラ宮殿 南スペイン三都物語(旅名人ブックス)』  (著/谷克二、武田和秀 日経BP出版センター 2008年《第二版》)
■ 『裏読み世界遺産』  (著/平山和充 ちくまプリマー新書 2010年)