2016年12月30日更新

女王の時代は栄える」は本当か イギリス王室の歴代女王

90歳となった今も、かくしゃくとして活動を続けるエリザベス女王。在位期間最長記録を更新中で、まもなく在位65年になろうとしています。イギリスでは女王の治世は栄えるといわれてきました。エリザベス一世、ヴィクトリア、そしてエリザベス二世へと受け継がれてきた女王の時代を振り返ります。  90歳となった今も、かくしゃくとして活動を続けるエリザベス女王。在位期間最長記録を更新中で、まもなく在位65年になろうとしています。イギリスでは女王の治世は栄えるといわれてきました。エリザベス一世、ヴィクトリア、そしてエリザベス二世へと受け継がれてきた女王の時代を振り返ります。

エリザベスからヴィクトリアへ 女王の治世のイギリスは栄える
 
即位前のエリザベス一世はロンドン塔に幽閉されたことがあります        ©Visit Britain
英国王室において、広く国民の支持を得た最初の女王は、1558年に即位したエリザベス一世でしょう。大航海時代を経て、イギリスを世界に君臨する国家へと導いた女王です。

王である父による実母の処刑、「ブラッディ・メアリー」と呼ばれた異母姉メアリー一世による監禁など、様々な苦難を経験したエリザベスは、25歳のとき王位に就きます。父ヘンリー八世の6番目の妻、つまり継母がその才気を認め、語学をはじめとする高い教育を施したことが、女王エリザベスの大きな力となりました。  実際、彼女の政治手腕は目を見張るものがありました。宗教界の混乱をカトリック、プロテスタント双方の信仰を認める柔軟な対応で収め、外交面では、スペインの無敵艦隊を強運と戦術で打ち破ります。戦いを前にし女王は、「私は脆く弱い肉体を持つ女性だが、王としての心と勇気を持っている」と兵士を鼓舞したことはよく知られるところです。シェイクスピアの活躍が示すように、文化が熟したのもこの時代でした。1603年、エリザベス一世は69歳で死去。高い教養を備えた適齢期の女王には多くの縁談が持ち込まれましたが、「私はイギリスと結婚した」と語り、生涯を独身で通しました。
 
ヴィクトリア女王が即位するまで過ごしたケンジントン・パレス                                                                 &

次に特記すべき女王の治世は、1837年に即位したヴィクトリア女王の時代です。 ヴィクトリアはジョージ三世の四男ケント公エドワードの長子として、ケンジントン・パレスで生まれ育ちます。しかしジョージ三世が死去したのち王位継承者が次々と世を去り、王位継承権第5位だったヴィクトリアが王座に就くことに。このときヴィクトリア18歳、世界史に名を残す偉大な女王の誕生となりました。

当初すべてにおいて経験不足だった若き女王は、21歳で結婚すると大きな変化を遂げます。ヴィクトリアを変えたのは、ドイツ出身の夫アルバートでした。有能な夫が実務を担うことで、王室運営や議会との関係が安定したのです。夫婦仲も睦まじいものでした。  しかし、ヴィクトリアが42歳のとき、アルバートは病死。女王のショックは大きく、数年間はほとんど公共の場に姿を現すことがなかったとか。それでも再び活動を始めた女王は、生前のアルバートにならい、内閣や議会とゆるやかに関わりました。その手法は、今もイギリス国王の在り方を示す「君臨すれども統治せず」そのもの。この間に領土は拡大し、産業革命を経て、経済も発展しました。

9人の子どもたちをヨーロッパ諸国の王族と婚姻させたことから、晩年「ヨーロッパの祖母」と呼ばれたヴィクトリア女王は、アルバートの死後40年を経た1901年に81歳で逝去。その在位は64年の長きに及びました。
 
王女として木に上り 女王として木から降りた

次なる女王の時代が、現元首であるエリザベス二世です。 誕生時、時の国王エドワード八世の弟を父に持つエリザベスが王位に就く可能性はほぼありませんでした。運命を変えたのは「王冠をかけた恋」と呼ばれる伯父エドワード八世のスキャンダルです。英国国教会が認めない離婚経験のあるアメリカ人女性と恋に落ち、王位か愛かの選択を迫られたエドワード八世は、悩んだ末に王位を放棄。エリザベスの父が即位してジョージ6世となり、同時にエリザベスの将来が決まったのです。10歳のときでした。 この「王冠をかけた恋」は、2005年に結婚したチャールズ皇太子とカミラ夫人を語る際にも、引き合いに出されました。
 
エリザベス女王
父ジョージ六世は、映画『英国王のスピーチ』でも描かれたように王になりたくなかった王でした。吃音があり演説も不得意。しかし、第二次世界大戦中、ドイツ軍の爆撃の危険を覚悟で、一家でロンドンのバッキンガム宮殿に留まり、国民を励まし続けたことなどから、次第に国民の信頼を得ていきます。こうして国王が国民と心を一つにした時代のことを、若きエリザベスは心に刻みました。ドイツが降伏した1945年5月8日、妹のマーガレット王女らとともに戦勝ムードに沸く街に隠密に繰り出したことも、女王にとって一生の思い出となったようです。このエピソードは、映画『ロイヤル・ナイト』でも瑞々しく描かれています。  エリザベスが父ジョージ六世急逝の報を受けたのは、夫フィリップとともに訪れていたケニアでした。このとき巨木の上に造られたキャビンに泊まっていたことから、「王女として木に登り、女王として木から降りてきた」とも伝えられました。

こうして25歳で女王となったエリザベス二世には、イギリスの立て直しという重責がのしかかります。しかし、女王は君主としての強い責任感を持ってこの困難に果敢に立ち向かいます。ユーモアに溢れ、飄々とした言動は国民の人気を得ていきました。

ただ、その人気を危うくした時期もあります。チャールズ皇太子とダイアナ元妃の泥沼離婚をはじめとする、たび重なる親族のスキャンダルが王室批判を高めていたことに加え、97年、ダイアナ元妃がパリで交通事故死した際には、宮殿に半旗を掲げなかったことで、バッシングは最高潮に達します。しかし、こうした危機を乗り切ったのは、女王の柔軟な姿勢でした。国家の威信を守るという頑なな態度を見直し、元妃の死を悼み、国民の気持ちに添う姿勢を示すことで次第に王室への信頼を取り戻したのです。危機のたびに女王が思い出すのは、国王と国民が寄り添った父の時代なのかもしれません。  

そんな女王にとって近年の朗報といえば、孫であるウィリアム王子とキャサリン妃の結婚、そして曾孫の誕生でしょう。ジョージ王子に続き、15年にシャーロット王女が誕生した際には、一家の住居であるロンドンのケンジントン・パレスに女王自ら面会に出向きました。未来の王たちから元気を得て、女王の在位記録はまだまだ更新されることでしょう。

 【主な参考文献】
■『英国王室の女性学』 (著/渡辺みどり 朝日新聞社 2007年)
■『エリザベス 華麗なる孤独』  (著/石井美樹子 中央公論新社 2009年)
■『イギリス王室一〇〇〇年史   ─辺境の王国から大英帝国への飛翔』 (著/石井美樹子 新人物往来社 2011年) ■『女王、エリザベスの治世─先進国の王政記』  (著/小林章夫 角川書店 2012年
■『危機の女王エリザベスⅡ世』  (著/黒岩徹 新潮社 2013年)