2016年3月25日更新

スペインの食文化(後編)― 伝統に革新を加えた料理「ヌエバ・コシーナ」に世界が注目

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不在だったスペイン料理 観光地化で地方料理が台頭 

今なお進化し続けるヌエバ・コシーナですが、この新しいスペン料理の底流にあるのは、スペインの伝統料理です。では、そもそもスペイン料理とはいったいどのようなものでしょうか。 北はピレネー山脈、南はジブラルタル海峡にはさまれたイベリア半島に位置するスペインは、古来多くの民族の侵入を受け、さまざまな民族と文化が混じり合ってきた土地です。そのため料理も、風土や異文化との交流など様々な影響を受けてきました。  

スペイン料理に欠かせないものといって真っ先に思い浮かぶオリーブは、紀元前、古代ギリシャ人がもたらしたものです。その後、ローマ人によって、ニンニクや小麦、豚肉とともにオリーブオイルの製法がもたらされます。煮込み料理や、加熱前に食材に下味をつける調理法もローマ人の影響を受けたものでした。 当時の文献には肉の塩漬けについての記述もあり、これが後のハモン・セラーノ(生ハム)につながります。スペイン料理の基盤は、ローマ帝国時代に作られたといっていいかもしれません。
タコのガリシア風 (c)スペイン政府観光局
スペイン料理に最も大きな影響を及ぼしたのは、その後スペインを支配下に置いたイスラム教徒の文化でした。スペイン料理に多用される米は、8世紀にイベリア半島に到達したイスラム教徒がもたらしたものです。パエリアでお馴染みのサフランも、10世紀頃アラブ人が伝えたといわれています。そのほかナス、タマネギ、カブなど、彼らが持ち込んだ野菜は、それまでパン中心だったカトリック教徒の食生活を大きく変えました。  

スペインの食材として欠かせないものに豚肉もあります。豚は、塩漬け、ハム、腸詰め、塩豚三枚肉、煮込み料理など様々な料理に使われますが、これだけ重用されることになったのは、16世紀から18世紀にかけての宗教弾圧が関係しています。イスラム、ユダヤ、キリストの各教徒が混在していた当時、カトリック教徒の国にしようと、豚食が奨励されました。これによって、豚食を避けるイスラム教徒やユダヤ教徒を排除しようとしたのです。さらに、イスラム教で一緒に料理に使うことが禁止されている鶏肉と魚介類を入れたパエリアが作られたりと、反イスラムの色が料理に残ることとなりました。  
そして大航海時代、新大陸から様々な食材がもたらされます。トマトやトウガラシ、ジャガイモ、カボチャ、ピーマンなどの新大陸由来の野菜は、料理のレパートリーを格段に広げました。「コロンブスがアメリカに到達しなければ、ガスパチョもトルティーリャも存在しなかった」といわれるように、現代の代表的なスペイン料理の多くが、新大陸由来の食材を使ったものとなっています。  

ただし、国内全土、すべての階級で食べられている国民料理としてのスペイン料理が確立されたのは、フランス料理などに比べてずっと後になってからのことです。15世紀以降、庶民の生活は貧しく、中産階級が形成されなかったことから、料理が発展する余地がなかったのです。一方、こうした状況で、ハモン(ハム)、ソーセージ、バカラオ(塩漬けしたタラの干物)、チーズなど保存や携行に適した調理方法が発展しました。  

状況が劇的に変わったのは、20世紀半ば以降の経済発展と観光の波でした。この頃、地方からマドリードやバルセロナなどの大都市に人間が移動、地方料理が大都市に持ち込まれ、これらがスペイン料理として普及することになります。アストゥリアス地方の豆の煮込み「ファバーダ」や、ガリシア地方のパプリカ風味のタコ料理などがまさにこれに当たります。
 
スペインを旅するならバル巡りは欠かせません
1日5食の食生活が支える タパス文化、バル文化  

現代のスペイン料理を語るうえで忘れてならないのが、タパスやバルといったこの国独特の食文化でしょう。スペイン語で「蓋」を意味する tapaを語源に持つタパスは、かつてワインやビールに虫が入るのを防ぐため、グラスの上に小皿を置いて蓋をし、その上につまみを置いていたことから生まれた言葉です。ちなみに、スペイン語にはタペアール(tapear)という動詞がありますが、これは「タパスをはしごして食べる」という意味で使われます。バルは、食堂とバー、カフェが一緒になったような空間のこと。フランコ独裁体制下では階層別の社交場として機能していましたが、現在は老若男女誰もが気軽に立ち寄れる場所となっています。  

こうしたタパスやバルの文化を支えるスペイン人の食習慣もユニークです。スペイン人は、1日5回の食事をとるといわれています。1日の始まりはミルク入りのコーヒー「カフェ・コン・レチェ」にトーストやクロワッサンなどの軽い朝食。昼食前にサンドイッチやタパスをつまみます。このとき軽くビールやワインを一杯という人もいます。午後2時頃からが一日のメインの食事であるランチ。長い昼休みの後、仕事に戻り、仕事終わりの午後6〜7時頃、バルでビールやワインを軽く飲んだり、カフェでスイーツやドライフルーツをつまんだり。夕食は軽めで午後9〜10時頃、サラダやスープ、チョリソやハム、チーズなどを食べます。  

長い昼の休憩「シエスタ」の習慣同様、残念ながらこうした独特の食習慣は徐々に薄れる傾向にありますが、今も昔も変わらないのは「皆で楽しむ」という食事に対する考え方です。「個食」ばやりの日本では「お一人様用」の席を設ける店が増えていますが、スペインでその需要はないでしょう。流行り廃りはあれど、皆で囲む楽しい食卓こそ何にも勝るスペイン料理の真髄かもしれません。
チョコレートを広めたのは
フランスに嫁いだスペイン王妃


チョコレート発祥の地はスペインであることをご存じでしょうか。話は1519年、スペインの探検家フェルナンド・コルテスが、メキシコからカカオを母国に持ち帰り、カルロス一世に献上したことに始まります。当初はカカオを水で溶かしたものが疲労回復などに効果があるとして飲まれていましたが、その後、お湯に溶かし砂糖を加えたホットチョコレートに変わっていきます。これがココアの元祖です。

1615年にスペイン王女アンヌ・ドートリッシュがフランスの王ルイ十三世に嫁いだことで、フランスの貴族階級にもチョコレートを飲む習慣が生まれ、ヨーロッパ中にチョコレートが広がったとされています。


主な参考文献
『世界の食文化14スペイン』(著/立石博高著 農文協 2007年)
『スペインの竃から 美味しく読むスペイン料理の歴史』(著/渡辺万里 現代書館 2010年)
『人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか―スペイン サン・セバスチャンの奇跡』(著/高城剛 祥伝社新書 2012年)