2016年2月5日更新

ダ・ヴィンチが愛したフィレンツェ(前編)

画家にして建築家、哲学者、数学者、科学者、軍事技術家、解剖学者であり、様々な分野で顕著な業績を残したイタリア人レオナルド・ダ・ヴィンチ。希代の天才が生涯で最も愛し、その足跡を数多くたどることができる街が、花の都として称えられるフィレンツェです。今回は、そんなダ・ヴィンチとフィレンツェをめぐる物語についてお届けします。
芸術の都、フィレンツェ Ⓒ土屋 豊
中世の面影を残す石畳の路地
私は生涯フィレンツェ人    

旧市街全体が「フィレンツェ歴史地区」としてユネスコ世界遺産に登録され、日本人にも非常に人気が高いイタリアのフィレンツェ。かつての広大な城壁こそ撤去されているものの、今日に至るまで都市の大部分が破壊されることなく中世の姿を残し、街全体が一つの美術館とも称されています。フィレンツェの街を縦横に走る細い石畳の道は、あてどなく歩いても、ドゥオーモやカリヨンなどの見どころへと連れていってくれます。古い館を飾る百合の花と丸薬を意匠したメディチ家の紋章をながめ、小路に残るアルティジャーノ(職人)の工房で長年受け継がれた手仕事に感嘆してその製品を品定めすれば、心ははるか中世へと誘われることでしょう。  

そんなフィレンツェがいちばん輝いていた時代として知られているのが、メディチ家が繁栄し、ルネサンスがこの地で花開いた14~16世紀です。ルネサンスとは再生、復活という意味で、当時急速に発展した学問、美術、文化の一大革新活動を指します。フィレンツェで発祥したこの大きなうねりは、やがてヨーロッパ中を巻き込むこととなります。そんなルネサンス美術の巨匠がダ・ヴィンチです。画家にとどまらない、あらゆる方面に才能を発揮した天才は、自分のことを「私はフィレンツェ人だ」と生涯言っていたといいます。
ウフィツィ美術館 ©John-Menard-

そんなフィレンツェ最大の見どころといえば、やはり世界有数の珠玉のコレクションが集まっているウフィツィ美術館でしょう。ここは当初、メディチ家のコジモ一世が行政機関を1カ所に集める目的で建てたものですが、コジモの跡を継いだフランチェスコ一世がメディチ家所有の美術作品を収めるようになったのが美術館としての始まりです。

美術館の回廊にはダ・ヴィンチの彫像が飾られ、絵画「受胎告知」も展示されています。ウフィツィ美術館のすぐそばには、かつての政庁舎であったヴェッキオ宮殿があり、有事に報せの鐘を鳴らしたカリヨンが高くそびえています。ここから「花の聖母教会」とも呼ばれ、巨大なクーポラをいただくドゥオーモのエリアが、隆盛を誇ったフィレンツェの気運を今に伝える街の中心地です。
 
ヴェッキオ橋
師匠をはるかに凌いだ天使の絵  

ダ・ヴィンチは1452年、フィレンツェ近郊にあるトスカーナ地方のヴィンチ村で生まれました。村の公証人の私生児でしたが、家族に愛され、ブドウやオリーブの畑が広がる風光明媚な田園地帯で、自然に囲まれて生き生きと成長しました。ごく幼い頃からいろいろなものの図案を描き、浮き彫りの像を作る息子を見て、将来を期待した父親は当時フィレンツェで最も有名だった芸術家ヴェロッキオ工房への弟子入りを決めます。  

工房で絵画、彫刻、金細工などの技術を磨いたダ・ヴィンチはめきめきと頭角を表し、20歳頃にはヴェロッキオが修道院に依頼された絵画「キリストの洗礼」で、左端の天使を描くことを許されます。ところが、ダ・ヴィンチの描いた天使は師匠をはるかに凌ぐ独創的で素晴らしいものでした。フィレンツェの市民も新しい天才のデビューに沸いたことでしょう。これに驚いたヴェロッキオが、絵筆を折ってその後は彫刻に専念したという逸話も伝えられています。この絵画はウフィツィ美術館で鑑賞できます。

当時、ダ・ヴィンチは、ウフィツィ美術館やヴェッキオ宮殿のあるシニョリーア広場に近いプレスタンツェ通り(現在のゴンディ通り)の家から工房に通っていました。彼が暮らした家はもう残っていませんが、その場所に住んだことを記念する碑版を訪ねることができます。  

若きダ・ヴィンチが暮らしたこの頃のフィレンツェは大富豪メディチ家の絶頂期。メディチ家は共和国であった街の事実上の支配者であるとともに、芸術の保護者としてルネサンス文化の興隆に大きな力を尽くしました。ただ、ダ・ヴィンチより20歳以上年下のミケランジェロが、メディチ家の庇護を受けて芸術家として身を立てていったのとは異なり、ダ・ヴィンチはメディチ家を中心とした芸術の輪とはあまり縁がなかったようです。

ダ・ヴィンチが愛したフィレンツェ(後編)は、2月19日(金)に公開します。お楽しみに。
 
主な参考文献
図説フィレンツェ「花の都」二〇〇〇年の物語(中嶋浩郎著 河出書房新社 2008年)
レオナルド・ダ・ヴィンチ(シャーウィン・B・スーランド著 菱川英一訳 岩波書店 2003年)
図説メディチ家 古都フィレンツェと栄光の「王朝」(中嶋浩郎著 河出書房新社 2000年)
地球の歩き方 フィレンツェとトスカーナ(ダイヤモンド・ビッグ社 2013年) 
ルネサンス(ウォルター・ペイター著 富士川義之訳 白水社1986年)