2016年1月8日更新

地の果ての聖地・サンティアゴ巡礼(前編)

情熱と太陽の国、陽気で楽天的な国民性で知られるスペイン。そんなスペインのもうひとつの素顔が、多くの巡礼者が祈りをささげながら何百キロメートルもの長い道を歩き続ける巡礼路の存在です。人々はなぜ、ユーラシア大陸の西の果てへの巡礼に旅立ったのか。今回は、サンティアゴ巡礼についてご紹介します。
サンティアゴ巡礼路
巡礼の始まりと歴史    

スペイン北部ガリシア地方の街、サンティアゴ・デ・コンポステーラは、中世ヨーロッパにおいてはエルサレム、ローマと並ぶキリスト教の3大聖地のひとつでした。サンティアゴとは、イエス・キリストの12人の弟子のひとり、聖ヤコブのスペイン語名です。巡礼の歴史は、813年、星の光に導かれヤコブの遺骸とされるものがここで見つかったことによって始まりました。サンティアゴの街の名前、コンポステーラは「星の野原」というロマンティックな意味に由来しています。  

その後サンティアゴ・デ・コンポステーラは、イベリア半島のみならず、西方カトリック世界における代表的な巡礼地となり、巡礼路には様々な施設が作られ栄えていきます。12世紀には年間50万人もの巡礼者がこの地を訪れ、「サンティアゴ巡礼案内」というガイドブックの役割を持った本もあったそうです。  

しかし、中世の衰退、ペストや戦乱といった危機により巡礼は徐々に下火になっていきます。さらに、1492年のコロンブスの新大陸発見により、地の果てであったはずのサンティアゴの神秘性が失われつつあったなか、16世紀後半にイギリスとの戦いに敗れたスペインでは、イギリス海軍による略奪を恐れた教会がヤコブの遺骸を紛失。巡礼ブームは凋落してしまいます。ブームの復活は、ヤコブの遺骸が再発見される19世紀まで待たねばなりません。その後の近年の人気ぶりは、みなさんもよくご存じのとおり。1993年に「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」としてユネスコの世界遺産に登録されてからは、世界中から多くの巡礼者と観光客を集める、スペイン有数の観光ルートになっています。
フランス人の道の800キロメートル  日本の四国のお遍路が八十八の札所を一周するのとは違い、サンティアゴ巡礼は一カ所の聖地を目指すものです。現在、サンティアゴを目指す巡礼ルートはいくつかあり、新しい道も誕生しています。

●ピレネー山脈の麓からの「フランス人の道」
●ソンポール峠を越えてスペインのアラゴン地方を通る「アラゴンの道」
●北部の海岸沿いを歩く「北の道」
●イギリスからの船が着くフェロールからの「イギリス人の道」
●スペイン南部セビリアからの「銀の道」
●ポルトガルからの「ポルトガルの道」  


この中でも最も多くの人が歩くのが「フランス人の道」です。ピレネー山脈の麓を出発し、サンティアゴまで約800キロメートルを歩きます。この巡礼路はローマ時代以来開かれ、イスラム軍が侵攻した中世初期にはスペイン北部を通るカンタブリア海岸沿いのルートが利用されていました。11世紀末から12世紀初頭に中部スペインの主要都市で、軍事上の要衝でもあったトレドとサラゴサが攻略されると、ドゥエロ川北部とエブロ川上流地域の安全が確保され、現在の巡礼路が定着するようになりました。日本からの巡礼ツアーも多いフランスには、巡礼のスタート地点となる街が4つあります。パリ、ヴェズレー、ル・ピュイからの道はピレネー山脈の手前で合流し、フランス人の道につながっています。アルルからの道はアラゴンの道につながります。
 
巡礼路途上のホタテ貝の道標
今も昔も旅人を守るホタテ貝    

巡礼の動機は、時代と個々の巡礼者により変化しています。中世の人々の巡礼の目的は、信仰、神への願い、奇跡への祈りが中心でした。ピレネー山脈の麓からサンティアゴまでは、ピレネー山中のロンスヴォーやソンポルト峠、ガリシア地方のレブレーロ峠など多くの難所を含んでいました。峠道では雪や霧で遭難する人が後を絶たず、逆に炎天下での北部スペインの赤茶けたメセタ(中央台地)踏破は、巡礼者に過酷な試練を強いました。  

当時は今と違って、軽いバックパックもゴアテックスの靴もありません。中世の巡礼者は黒いマントをまとい、つばの広い帽子をかぶり、ひょうたんに水を入れ、杖をついて歩いていました。現在でも巡礼のシンボルとして標識や巡礼者のバックパックに下げられているホタテ貝は、聖ヤコブの象徴。中世の人々は首から下げ、皿やコップとして使い、時にはマントに何枚も貼り付けて雨をしのぐなど、巡礼に欠かせないお守りでした。  

一方、現在歩いている人はスペイン王室や宗教関係者から、観光客、学生まで様々。6割がスペイン人で、4割が外国人といわれ、目的も信仰、文化、歴史、自分探しと多様です。「一度歩いてみたいと思っていた」からという人も少なくありません。  

「カミーノ(その道)への扉は、すべての人に対して開かれている」。信仰のあるなしにかかわらず、すべてを受け入れるスペイン巡礼の懐の大きさは、こんな言葉にも裏付けられています。もちろん、フランス人の道も800キロメートルを歩かなくてはならないという定義はありません。一般的に、100キロメートル以上歩いたことが証明できれば、巡礼したことになります。

後編はこちらから
 
主な参考文献
スペイン巡礼史 「地の果ての聖地」を辿る(関哲行著 講談社現代新書 2006年)
聖地サンティアゴ巡礼 世界遺産を歩く旅
(NPO法人日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会  ダイヤモンド社 2010年)
スペイン巡礼の道を行く 世界遺産カミノ・デ・サンティアゴ(米山智美著 古財秀昭写真 東京書籍 2002年)
ぶらりあるき サンティアゴ巡礼の道(安田知子著 芙蓉書房出版 2006年)