2014年3月20日更新

モデルニスモ建築 ガウディとモンタネール (後編)

ドメネク・イ・モンタネール (1850〜1923)
前編はこちらから

ガウディを取り巻く人々 グエルとモンタネール


苦学したガウディですが、建築家としてはたいへん恵まれていました。ガウディ建築の理解者となり、援助し続けたのがエウセビオ・グエルです。グエルは、海外の芸術動向をガウディに伝えたり、社交界に招いたりしました。大資産家グエルとガウディの関係は、建築家仲間の間では羨望の的であり、それゆえにガウディは嫉妬の的でもあったといいます。

グエルは繊維会社で財を成した父の仕事を受け継ぎ、関連事業も成功させて大富豪となり、1910年には伯爵の称号を得ました。知識人であり、絵画を好む芸術愛好家。ガウディが卒業直後にデザインを手がけた、パリ万博で使用する展示用ショーケースにすっかり魅せられたグエルは、以来、この世を去るまで約40年間にわたり、パトロンとしてよき理解者として、ガウディの活動を支え、創造する感動を分かち合ったといいます。

一方、先にも述べたとおり、モンタネールはモデルニスモを代表する建築家です。同時にバルセロナ建築学校の校長(1900年)として、翌年には国会議員になるなど、文化と政治の両面において活躍した人でした。しかし、天才ガウディの陰にすっかり隠れてしまい、日本ではその存在もよく知られていません。また、近年まで本格的なモンタネール研究は行われていませんでした。

モンタネールはガウディのわずか2歳年上。2人が出会ったのはバルセロナ建築学校の教授と生徒としてでした。彼はガウディとは対照的に、製本業者の裕福な家庭に生まれ何不自由なく育ちました。マドリードの建築学校を卒業後、建築家の資格を得て、1875年バルセロナ建築学校に教授として招かれたのです。このとき、弱冠25歳。2人のエピソードのひとつに、グエルは市役所中央サロンの修復にガウディを推薦したものの、市議会が反対して結局、モンタネールが修復を行うことになったのだそう。少なからずモンタネールは、天才的な教え子ガウディを意識していたのかもしれません。

モンタネールの最高傑作といわれるのが豪華絢爛たるカタルーニャ音楽堂(1908年)です。旧市街ゴシック地区の入り組んだ細い路地にその華麗なコンサートホールは建っています。装飾にはカタルーニャの伝統的な技法が取り入れられています。チケット売りの窓口は柱の中にあり、花と植物のモザイク模様で飾られています。内部空間は豊かな色彩、優美な曲線とその装飾、きらめくステンドグラスなど、計算しつくされたデザインが細部に施され、鮮烈な印象と驚異のモデルニスモ建築に圧倒されるでしょう。音楽好きであれば、きっとこの音楽堂でコンサートを楽しみたいと思うはずです。新市街にあるサン・パウ病院とともに世界遺産に登録されています。
モンタネールの傑作といわれるカタルーニャ音楽堂(世界遺産)

モチーフは自然と動植物

ガウディは「自然主義的合理主義」によって自らを表現しようとした建築家でした。自然を心から愛したガウディの作品は、自然や動植物をモチーフにして建築の中に斬新に映し出し、独自の構造理論を持ち曲線的なフォルムを駆使しています。

ガウディの作品は1900年を境に前期と後期に分けられ、初期にはスペイン独特のムデハル様式の影響を受けた作品が見られます。たとえば、カサ・ビセンスなどです。ムデハル様式とはイスラムとキリスト教建築が融合したもの。レンガやタイルを使った幾何学模様と寄木細工の外壁、天井装飾、馬蹄形アーチなどが特徴です。後期は独創的で奔放、より大胆な構造空間を持った作品が特徴です。

ガウディといえば、バルセロナの象徴ともいえる、サグラダ・ファミリア贖罪聖堂です。31歳から突然の死を迎えるまで40年以上にわたり、聖堂のデザインを行いました。四福音書家に捧げられた4本の高い塔が、イエスを象徴した放物線状の鐘楼を取り巻いています。2010年、ローマ法王出席のもと献堂式が行われ、正式にバジリカ教会となりました。現在も建設は続けられており、ガウディの構想では最終的に5身廊、3袖廊のラテン十字平面のバジリカ形式の聖堂となる予定だそうです。ガウディ没後100年にあたる2026年の完成を目指しているのだそうです。
 
ガウディ作のグエル公園と門番の家
​住宅建築の傑作はカサ・バトリョ(1906年)とカサ・ミラ(1910年)。いずれも新市街のグラシア通りに面しており、周囲の建物に溶け込みながらも、圧倒的な存在感を示しています。カサ・バトリョはガウディが増改築したもので、カラフルな彩りの特徴的なファサードがとても奇抜。内部からファサードの窓を通して外を見ると、さらに幻想的な感じがします。海をモチーフとしており、外観だけでなく、内部の構造や装飾、ディテールにこだわり、曲線で表現されています。夜のライトアップされたカサ・バトリョはとても幻想的です。

カサ・ミラも地中海の波をモチーフとし、錬鉄で形作られたバルコニーの柵と手すりは、まるで海草が岩に絡んでいるかのようにも見えます。壁や屋根は波打っているかのような曲線。屋上には一風変わったデザインの煙突や通風口が並び、サグラダ・ファミリア贖罪聖堂が遠望できます。

一方、グエル公園(1914年)は、もともとバルセロナの都市計画の一環で、郊外に広大な敷地を確保して60棟の分譲住宅を建造する予定でした。しかし、あまりにも時代を先取りしていたためか、さっぱり売れず。ガウディが購入した1戸を含む2戸のみの建設に留まったのです。結局、グエルの死後、広大な敷地は市に寄贈され公園として一般公開されることになりました。グエル公園の入り口にある「門番の家」には絵本から飛び出してきたような奇抜さとやさしさを感じるでしょう。色彩豊かな破砕タイルやガラスでモザイク装飾が施されたテラスや波打つベンチは、真っ青な空に映え、太陽の光を浴びてきらきらと輝きます。園内のテラスからはバルセロナ市街地を一望に。じっくりと歩きたい公園です。
 
主な参考文献
新訂増補版スペイン・ポルトガルを知る事典(著/池上岺夫ら 平凡社 2001年)
ガウディが知りたい!(エクスナレッジHOME編集部編 エクスナレッジ 2004年)
添乗員ヒミツの参考書 魅惑のスペイン(著/紅山雪夫 新潮社 2009年)