2014年8月15日更新

太陽の国メキシコ、先住民族の色彩を求めて(前編)

太陽の国メキシコ。先住民族(日本では中南米の先住民をインディオと呼ぶことも多いようですが、差別用語ととらえられる場合もあります)のいにしえの祖先たちが残した、アステカやマヤなどの古代遺跡は、誰もが認めるこの国の大きな見どころです。その一方で、メキシコシティの公共施設の外壁に描かれた迫力ある壁画をじっくりと見つめれば、20世紀初頭のメキシコ革命に連動し、長らく虐げられてきた先住民や彼らの血を引く人々の誇りを取り戻そうとした芸術家たちの強い意志にきっと胸を打たれることでしょう。あるいは、オアハカ州のようにサポテカ族やミシュテカ族といった先住民の人口比率が最も高い地域を訪れ、先住民とスペインの文化の融合を体感するのもメキシコの大きな魅力です。彼らの人懐っこい笑顔、民族衣装に代表されるような鮮やかな色彩が溢れた街角に心を奪われるに違いありません。
 
ディエゴ・リベラが描いたチノチティトランの壁画(国立宮殿の回廊)
メキシコシティの歴史を振り返って  

現メキシコ(正式名:メキシコ合衆国)の首都メキシコシティは、かつてアステカ王国の首都テノチティトランとして栄えました。1345年にアステカ人によって築かれた小集落がその始まりです。その後、急速にメキシコ中央高地で勢力を拡大し、15世紀になると、その勢力はメキシコ湾沿岸やオアハカ地方にも及んだといいます。16世紀初頭、アステカ王国は大いに繁栄し、活発な交易が行われ、首都人口は20~30万人に達したといわれています。ところが、1519~21年に侵入したスペイン軍との戦いで、首都テノチティトランは陥落、あっけなくアステカ王国は滅亡してしいます。
 
スペイン軍の勝利から約300年間、1821年にスペインから独立を果たすまで、メキシコシティは、ヌエバ・エスパニャ副王領の首都として栄えました。その一方で、先住民らは苦難の道を歩むことになります。スペイン軍との戦いに敗れただけでなく、ヨーロッパから持ち込まれた疫病などによって、先住民の人口は激減しました。アステカの大神殿は破壊され、キリスト教のカテドラル、ソカロ(広場)に変わりました。精神、文化、様々な面でスペイン化が促進され、先住民、スペイン人、アフリカから連れてこられた奴隷らの間で混血も進みました。先住民やアフリカの人々、混血の下層階級の人々(メソティーソ、ムラート)は、鉱山や農園で過酷な強制労働を課せられ、まるで奴隷のような扱いを受けました。先住民は一部で独自の言語と風習を守りつつも、ヨーロッパ文化と融合しつつ、ラテンアメリカという独特の文化圏を形成していったのです。  

1821年スペインからの独立を戦いによって勝ち取ったメキシコですが、米仏との戦争や同二国からの干渉などで不安定な内政が続きました。政治経済は白人系の人々が主導し、先住民や混血の人々は依然として差別的な扱いを受けていました。さらに長期ディアス政権による圧政に人々の不満が爆発し、メキシコ革命(1910~17年)が勃発。社会経済構造の変革を目指したのです。
 
「メキシコの歴史」(国立宮殿の階段)
壁画に見る先住民の歴史とメキシコの精神  

メキシコ革命の意義を幅広く大衆に知らせようと起こった運動がメキシコ壁画運動です。官庁、学校や宮殿などの公共施設の内部や外壁に壁画を描き、メキシコ革命の勝利とその精神、メキシコの先住民からの歴史を市民に訴えました。  

ここで「壁画」がその手段に使われたことには理由があるようです。植民地時代以前、先住民は神殿や建造物に色彩豊かな壁画を施していました。こうした壁画を現代に復活させることは、先住民の文化を正当に評価し、数千年に渡るメキシコの歴史を継承していると考えられたのです。そして、植民地時代以降、虐げられてきた先住民や彼らの血を引く人々こそが、メキシコという国の正当なる住民であることを、壁画を通して人々に訴え、認識してもらう一手段としたのです。この壁画運動は、メキシコ・ルネッサンスとも呼ばれ、メキシコの精神を高揚させました。  

壁画運動には、この時代に活躍した同国のほぼすべての美術作家が参画していました。その中心的存在だったのが、ディエゴ・リベラ、ホセ・クレメンテ・オロスコ、ダビッド・アルファロ・シケイロスの3人で、メキシコ壁画三巨匠と呼ばれています。彼らは表現方法も、そのテーマも、革命に対する思想も異なっていましたが、三者三様に壁画を通して社会的主張と政治的信念を訴え続けました。  

壁画運動による代表的な壁画のひとつを、メキシコシティのソカロ(中央広場)にあるメキシコ市国立宮殿で見ることができます。ディエゴ・リベラが描いた最大の壁画「メキシコの歴史」です。アステカ王国時代のテノチティトランの栄華や、先住民の日常生活や風俗、宗教や農業の様子から、スペインによる植民地時代、独立とメキシコ革命、現代までのメキシコの歴史と未来の姿までもが描かれた超大作です。色彩豊かな巨大な壁画は躍動感に溢れ、メキシコの苦難と生命の力強さ、先住民族とメキシコ人としての誇りに満ちた劇的な場面の連続に誰もが圧倒されます。壁画から少し離れて全体像を眺めるだけでなく、近寄って間近で見るとことで、壁画の迫力を感じることでしょう。このほかにも、国立高等学校(サン・イルデフォンソ学院)、文部省の建物、メキシコ国立自治大学など壁画で有名な建築物です。

後編はこちらから
 

主な参考文献
メキシコ壁画運動 リベラ、オロスコ、シケイロス(著/加藤薫 平凡社  1988年)
フリーダ・カーロとディエゴ・リベラ(著/堀尾真紀子 ランダムハウス講談社 2009年)
物語 メキシコの歴史(著/大垣貴志郎 中央公論新社 2008年)