2014年6月20日更新

アラスカの大自然と先住民の文化(後編)

トリンギット族のトーテムポール(c)Sammy Zimmermanns
前編はこちらから

トリンギット族の社会と神話 星野道夫とトーテムポール  

アラスカ東南部の森林に覆われた海岸沿いと無数の島々には、古くから先住民トリンギット(クリンギット)族が暮らしていました。漁労狩猟採集民ですが、衣食住は同じアラスカの先住民であるエスキモーとは多少異なっています。カリブーやアザラシ、ラッコといった陸海の獣の毛皮、さらに樹皮布を叩いて延ばして布として使用していました。丈夫なトウヒの根を糸としても使っていました。遡上するサケを食し、冬の保存食として燻製にもしていたといいます。

トリンギットの社会では、人々はワタリガラスとハクトウワシのどちらかの集団に属します。そしてこれら集団の中でさらに枝分かれした動物のクラン(家系)があります。たとえば、クマは、ワタリガラスの集団に属する最も強い家系とされます。婚姻については必ずもう一方の氏集団から配偶者を選ぶ決まりがあり、生まれた子どもは母親の集団に属する(母系制)などの明確なルールがあります。彼らはまた、自分たちは動物の子孫であると信じています。

アラスカの写真家、星野道夫氏が著書の中で紹介している、トリンギット族の古老が話した天地創造の神話によると、ワタリガラスが地上のすべてのものを創造しました。しかし、魂が入っていないため、それらはまったく動きません。そこでワタリガラスはタカに火の玉(太陽)の日を取ってくるように依頼します。タカは身を焼きながらもなんとか火の玉を持ち帰り、ついにその火の玉を山や川に投げ入れると、動物や鳥、魚が動きだし、木々が成長していったのです。木、風、岩までにも見つめられていることを忘れないようにと、古老は伝えたといいます。

トリンギットの文化の中でよく知られているのがトーテムポールです。鳥獣や記号などの彫刻を施した背の高い木の柱は、家や集会所の前に立てられ、彼らにとってたいへん重要なものです。使うことのできるモチーフは、氏などによって決められており、出自や氏の伝統、神話を伝承するため、実在する動物や架空の動物、人間の姿を柱に刻みました。トーテムポールに施された彫刻は、下から順に読み上げていくのだそうです。少し意外かもしれませんが、今日のような高さのある巨大なトーテムポールになったのは、19世紀半ばから20世紀初頭にかけてのこと。さらにトーテムポールの歴史そのものも浅いそうです。  アラスカの不凍港ケチカンには、トリンギットが立てたトーテムポールが数多く残されていす。
 
トリンギット族の象徴、ワタリガラス(c)Joe Mabel
精霊と世界観

アラスカに暮らす先住民は、とても奥深い精神世界を持っています。対立的に考える西洋の世界観とは対照的です。彼らは人間以外の動物や植物、岩であっても、すべてのものに精霊が宿っていると信じています。人間はそうしたものに生かされている、皆仲間であると同時に、動植物なども人間と同じように「社会生活を営んでいる」とさえ考えます。そして、獲物を捕獲するにも正しい方法で行いさえすれば、獲物の精霊は必ず別の個体に移ってから生き、必ずこの世に戻ってくると信じているのです。  

捕鯨の民イヌピアットは、ホッキョククジラはクジラの意志によって自分たちに捕獲されるのだと信じています。クジラの命をもらうことで、イヌピアット自身の命をつないでいると考えるのです。彼らはクジラのすべての部位(肉、内臓、ヒゲ、骨、脂皮など)を無駄なく利用します。けっして商業目的での捕鯨はせず、自分たちのためだけに捕鯨しています。また、トリンギット族はオヒョウ(カレイ科の魚で、全長は2メートル以上)漁に出かけると、釣り上げたその場でオヒョウの頭を棍棒で叩きながら、「苦しまずにあの世へ行き、また帰ってきてくれ」と唱えるのだといいます。

しかし、現代において、アラスカに暮らす先住民の生活は、様々な開発の波に呑み込まれ、変わりつつあります。多くは定住するようになり、欧米スタイルの食生活が取り入れられ、貨幣経済の比重が大きくなっています。アルコールを持たなかった先住民は、依存症になるケースも少なくありません。さらに、気候変動によりアラスカの自然環境そのものが変化を来たしています。海氷が少なくなり、氷河が後退しています。北極海油田開発も進みました。先住民の生活の変化、気候変動や開発は、生息する動植物にも影響を与えているのです。


主な参考文献 図説エスキモーの民族誌 (著/アーネスト・S・バーチJr 訳/スチュアート・ヘンリ 原書房 1991年)
森の聖性と海の他形性:現代文明を越すもの (著/高谷好一 京都大学学術出版会 2008年)
イヌイット(著/岸上伸啓 中央公論新社 2005年)
森と氷河と鯨─ワタリガラスの伝説を求めて (著/星野道夫 世界文化社 2006年)
世界民族事典/エスキモー、イヌイト (著/スチュアート・ヘンリ 編:綾部恒雄 弘文堂 2000年) 
Vesta/アラスカ先住民イヌピアックの捕鯨とクジラ料理 (著/岸上伸啓 味の素食の文化センター 2009年)