2014年6月13日更新

アラスカの大自然と先住民の文化(前編)

かつて米国民から「巨大な冷蔵庫」などと揶揄されたアラスカは、地下鉱物資源が豊富である一方、その圧倒的な大自然と野生動物の世界に誰もが魅了されます。アラスカの自然や野生動物を撮り続けた写真家、星野道夫氏の写真やエッセーを読むと、彼が心から愛したアラスカへの優しく深いまなざしが感じられます。季節や地域によって、まったく異なる表情を見せるアラスカの大地。黄葉の中を走り抜けるアラスカ鉄道、そびえる6000メートル級のマッキンリー山、天空を彩るオーロラ、轟音とともに崩れる氷河、豪快にジャンプするクジラ、遡上するサケを捕り荒々しくむさぼるクマ……。精霊を宿す野生動物、自然のほとばしる生命力を見にアラスカへ出かけませんか。今月は、ツンドラ地帯やタイガ(針葉樹の森林)、そして海岸沿いの森林地帯に暮らす先住民の文化や精神世界についてご紹介します。
 
伝統的な衣装。右がカリブー、左が海獣の毛皮から作られたもの(c)Ansgar Walk
アラスカに暮らす先住民たち  

米国最北端に位置するアラスカ州の面積は、日本の国土の約4倍にあたる171万7854平方キロメートルと、50州の中でも最大の規模を誇ります。東側はカナダと国境を接し、北に北極海、西にベーリング海、南にアラスカ湾と太平洋という海に囲まれています。これだけ広大なアラスカ州の人口はわずか約71万人で、このうち先住民が占める割合はわずか15パーセントほど(アメリカ国勢調査局2010年)。
 
グリーンランドからカナダ、アラスカ、ロシアのチュクチ半島にかけての極北地域に暮らす人々のことをエスキモーと総称しています。一説には「エスキモー」という単語は、北米先住民であるアルゴンキン語族系の言葉で「生肉を食べる人」という意味があることから、カナダでは差別的な言葉であるとし、自らをイヌイット(「人間」「人々」という意味)と呼び、それを公称としています。一方でアラスカに暮らす「エスキモー」は、イヌイットと呼ばれることに嫌悪感を抱き、誇りを持って「エスキモー」を自称しています。  

アラスカに先住していた民族集団を大まかに紹介すると、ベーリング海沿岸から北西地域沿岸にかけて暮らすユピート(ユッピック)やイヌピアット(イヌピアック)、アリューシャン列島のアリュート、州内陸部に暮らすアサバスカン、そしてアラスカ東南部の海岸沿いと島々などの森林地帯に暮らすトリンギット(クリンギット)らです。ちなみに、極北に暮らすエスキモー(ユピート、イヌピアット、アリュートら)はネイティブ・アメリカン(アメリカ先住民)に含めないという考え方もあるそうです。いずれにしてもアラスカに暮らす先住民族は、人種的にはモンゴロイドに属しており、約1万年前に終わったとされる最後の氷河期に海面が下がってベーリング海峡が陸続きになった際にシベリアから渡ってきたとされます。
 
海岸沿いに暮らすエスキモー集団はアザラシなどの海獣を狩猟します(c)Judith Slein
捕鯨文化を育む イヌピアットとユピート  

エスキモーの文化的起源については諸説あり、定説はないようです。最も栄えた時代は紀元前後から紀元後1000年の頃とされ、この時代に日用品に彫刻などの装飾を施し、様々に工夫を凝らした技術的な革新が見られました。ベーリング海峡を挟む沿岸地帯でこうした繁栄が始まり、グリーンランドや北極諸島にまで伝播したとされます。  

アラスカのエスキモーは、森林限界以北のツンドラ地帯とその周辺という極寒の地に適応しつつ、豊かな文化を育みながら暮らしてきました。彼らはアザラシやカリブーなどの動物の毛皮で作ったフード付きの優れた防寒服を身にまとい、ゆっくりと歩くことで汗をなるべくかかないようにしていました。汗をかくと、それが服の内側で凍ってしまうからです。汗をかきそうになると、フードを取るなどして冷気を服の中に入れて温度調節していました。  
 
アラスカのエスキモーは狩猟採集民ですが、季節や地域によって狩猟対象が異なります。アザラシやクジラなどの海獣を狩猟する海岸沿いの集団、カリブーなどの陸地動物の狩猟と遡上するサケなどの漁労を行う内陸部の集団、海と内陸の両方で狩猟する集団に分けられます。厳しい環境の中では、脂肪分をたくさん摂取し、高カロリー、高タンパク質な食が中心で、植物繊維はほとんど摂っていませんでした。皆で分け合って食べるのも彼らの食の特徴のひとつです。
 
アラスカのベーリング海沿岸から北西地域沿岸に暮らすユピックエスキモー(ユピート、イヌピアット)は8世紀頃(1000年頃との説も)からホッキョククジラを捕獲していたと考えられています。体長18メートル、体重60トンにも成長するホッキョククジラはベーリング海や北太平洋で冬を過ごし、夏になると北極海へとやってきます。エスキモーらは、ウミアックと呼ばれる全長6メートルほどの皮張りのボートに5〜6人が乗り込み、捕鯨へと繰り出しました。捕獲したクジラは海氷の上で解体され、捕鯨に携わった人々全員に分配されます。リーダーが捕鯨の成功を祝う宴を催し、村人にご馳走するのも習わしです。こうして分け合いながら一緒に食べるのが伝統でした。この伝統が、集団の人間関係とアイデンティティをつくり、仲間意識を維持しているのだといいます。彼らの大好物は、クジラの脂皮で、マッタックと呼ばれるものです。ひと口サイズに切って生で食したり、煮て塩をかけて食べます。

後編はこちらから


主な参考文献 図説エスキモーの民族誌 (著/アーネスト・S・バーチJr 訳/スチュアート・ヘンリ 原書房 1991年)
森の聖性と海の他形性:現代文明を越すもの (著/高谷好一 京都大学学術出版会 2008年)
イヌイット(著/岸上伸啓 中央公論新社 2005年)
森と氷河と鯨─ワタリガラスの伝説を求めて (著/星野道夫 世界文化社 2006年)
世界民族事典/エスキモー、イヌイト (著/スチュアート・ヘンリ 編:綾部恒雄 弘文堂 2000年) 
Vesta/アラスカ先住民イヌピアックの捕鯨とクジラ料理 (著/岸上伸啓 味の素食の文化センター 2009年)