2014年4月18日更新

ライン川を文学と芸術で旅する(後編)

ウィリアム・ターナー作『ラインの滝』
(ボストン美術館蔵)
前編はこちらから

伝説と古城、 ライン中部流域ロマンチック・ライン  

ライン川は、ドイツ西部のマインツからコブレンツにかけての中部流域約65キロメートルが世界文化遺産に登録されています。両岸に広がるぶどう畑、点在する中世の城塞や古城、川沿いの古い町、それらにまつわる伝説が蛇行するライン川の景観をいっそう人々をひきつけます。まさにライン川クルーズのハイライト区間といえるでしょう。

フランス・ロマン主義文学を代表する文豪ビクトル・ユゴー(1802~85年)は、愛人の女優ジュリエット・ドルーエを伴ってライン川を訪れました。ユゴーは後にこの旅行中に書いた手紙をもとに、『Le Rhin, Lettres à un ami』(ライン─ある友人への手紙)を出版しています。紀行文と伝説を紹介した同書は、日本では抄訳『ライン河幻想紀行』としても出版されています。書籍には廃墟となった古城などユゴーが描いた絵がいくつも挿絵として使われています。

グリム兄弟が収集し編纂した『ドイツの伝説』(1816~18年)には、よく知られたワインの生産地リューデスハイム対岸のビンゲンにある、モイゼトゥルム(ねずみの塔)にまつわる伝説が収録されています。 その伝説によると、974年にドイツを襲った飢饉の際、マインツ司教ハトー二世は民衆に食料を恵んでやるといって小屋に招き入れた後、火をつけて焼き殺してしまいました。悪名高き司教に天罰が下り、ねずみの大群が彼を襲い続けました。ハトー二世は難を逃れるためにライン川の真ん中に塔を建て、そこに避難しましたが、ねずみの大群は川を泳いで渡り、塔の中にいた司教を生きたまま食べてしまったというものです。今も中洲にあるねずみの塔は、そんな恐ろしい伝説とは無関係なようにかわいらしい姿で佇んでいます。  
 
ライン川にまつわる伝説で最も有名なのは、ローレライの伝説です。ライン川沿いの町デュッセルドルフに生まれたロマン派の詩人ハインリッヒ・ハイネ(1797~1856年)によって一躍有名になったといわれるローレライの伝説ですが、その内容はそれぞれに多少異なるようです。舞台はザンクトゴアールハウゼン辺りにあるローレライの岩壁。ハイネの詩集『歌の本』の「帰郷」に収められた詩では、美しい乙女が岩に腰かけてくしで髪をすきながら美しい歌を妖しく口ずさみ、そのメロディに心を奪われた船頭が岩の上の乙女から目を離せずにいると、小舟が波に呑み込まれ沈没してしまったというものです。

これらライン川沿いの古城や町に伝わる伝説はまだまだたくさんあります。戒めを含めた伝説には、ロマンチックな恋愛や恐ろしい結末のもの、そして思わず笑ってしまうものまでいろいろです。
 
妖精の伝説が残されているローレライ
ロマン派の巨匠シューマンが愛した川 交響曲『ライン』  

ドイツ・ロマン派を代表する作曲家ロベルト・シューマン(1810~56年)もまた、ライン川と縁のある人物です。ザクセン州ドレスデンに暮らしていたシューマンは1850年、デュッセルドルフ管弦楽団合唱団の音楽監督して招聘され、亡くなるまでの最晩年を川沿いの町デュッセルドルフで暮らしました。不幸なことにシューマンはデュッセルドルフに移り住んだ頃から、難聴や精神障害の兆候が現れ、音楽監督として指揮できないこともあったといいます。楽団員はシューマンに不信感を抱き、それがもとでシューマンの病状はさらに悪化していきました。激しい聴覚障害に悩まされたシューマンは、ある雨の日の夜、橋守の制止を振り切ってライン川に身を投げて自殺を図ります。運良く通りかかった川船に助けられましたが、その後、亡くなるまでの約2年間は、ライン川沿いの町ボンの近郊にある精神病院に入院し、そのまま46歳という短い生涯を閉じました。

残された妻クララを支えたのは、生前からシューマン夫婦と親交を結んでいたヨハネス・ブラームス(1833~97年)でした。ブラームスは、シューマンが生前、その才能を見抜いたことで、作曲家として世に出る道を開かれたのです。一説にはブラームスはクララを愛していたため、一生独身を通したともいわれています。

しかし、シューマンはデュッセルドルフに赴任すると、たちまちライン地方の気候と気さくで陽気なラインラント人が気に入ったといいます。何よりもライン川の風景に大いに魅せられ、ライン川沿いの散歩をたいへん好んだそうです。そしてライン川沿いの穏やかな情景に着想を得て、着任後、わずか1カ月ほどでライン川とライン地方を壮大に表現した交響曲を書き上げました。ドイツの民謡を取り入れたゆったりとしたテンポの、まるでライン川の波のような第2楽章、霊感を受けたというケルン大聖堂をイメージした厳かな儀式的な伴奏のような第4楽章、ファンファーレも鳴り響く祝祭的な陽気な民衆の喜びを表現しているような第5楽章と、ドイツ人にとっての父なる川、悠久のライン川を主題とした交響曲は、後に『ライン』と名づけられました。

クラシック音楽がお好きであれば、ぜひ一度、交響曲『ライン』を聴いてみてください。ライン川の旅情に誘われることでしょう。