2014年4月11日更新

ライン川を文学と芸術で旅する(前編)

スイス、ドイツ、フランス、オランダを時に国境線となって流れる大河ライン。とりわけ人気はロマンチックラインと呼ばれる中部流域約65キロメートルのドイツ・マインツ~コブレンツ間で、世界遺産に登録されています。両岸には中世の頃にライン川を行き交う交易船に通行税を課していた古城が今も点在しています。蛇行するライン川と両岸の斜面に広がるぶどう畑、川沿いに開けた町の景観はこれまでも本誌、あるいは様々な雑誌が取り上げています。今月は、ライン川に魅了された作家や画家、音楽家を取り上げてその作品とエピソードをご紹介します。ロマンチック・ラインだけでなく、さらに長い区間をリバークルーズ船に乗って旅すればこそ、ライン川の自然と伝統、歴史、風景が織り成す美しさを知ることができるのかもしれません。デッキでやさしい風を頰に受けつつ、カメラやスケッチブックを持ち、双眼鏡を使って、ライン川の素晴らしさを体感してください。
ロマンチックライン

父なる川ライン  

初めにライン川について簡単に説明しましょう。「ライン(Rhein)」という河川名は、ケルト語の「流れ」という意味の「リ(ri)」または「レ(rhe)」にその語源を見ることができるという説があります。この説に従えば、まさにラインという名前は、古代ローマが席巻する前の古のヨーロッパ大陸中央部に広く分布していたというケルト系の民(その一部は古代ローマの人々からはガリア人と呼ばれていた)の“水脈”を感じさせるといえそうです。

ライン川は、ロシアを除くヨーロッパにおいて、ドナウ川に次ぐ大河です。スイス南部のアルプスに源を発し、ボーデン湖東部に注いでから西端から流れ出し、スイスとドイツの国境沿いを西流して、バーゼル辺りでフランスとドイツの国境沿いに沿って北上します。その後、ドイツ西部を通ってオランダへと入り、ロッテルダムの河口から北海へと注ぎます。通説では全長約1230キロメートル、流域面積は22万4000キロメートルに及びます。その流れの大半はとても穏やかで、季節による流量の変化もそれほど大きくありません。ライン川は国際河川ですので、本流と支流沿岸にあるスイス、フランス、ベルギー、ドイツ、そしてオランダの船は自由に航行できます。今でも年間4万隻の船が行き交うという、とても忙しい川なのです。

ライン川は古代ローマ時代以前から、交通路として利用されてきました。しかし、将軍カエサルのガリア征服によってローマの支配圏がライン川の西岸まで及ぶと、軍駐屯地から都市が生まれ、ライン川沿岸はその経済的な豊かさを一気に開花させていきました。今日まで及ぶ長いヨーロッパの歴史においては、古代と中世を分かつゲルマン民族の大移動や、中世後期の盗賊団などにより、その繁栄に陰りが出た時期もありましたが、ライン川は、ヨーロッパ中央部における南北を結ぶ重要な交通の幹線として発展してきました。そして、19世紀前半までは穀物が運ばれていましたが、産業革命以降、鉄鋼や石炭が運ばれるようになりました。
見どころのひとつ、ラインの滝
スイス・ラインの滝、 ターナーと有島武郎  

ライン川には風光明媚な名所や古都が数多く点在し、様々な作家や芸術家にインスピレーションを与えました。ライン川をモチーフにした作品も数多く誕生しました。スイスにあるラインの滝は、そのような名所のひとつといえるでしょう。

スイスアルプスに源を発するライン川は、スイス、オーストリア、ドイツに接するボーデン湖に注がれ、その後、スイス・バーゼルへと向かって西進します。その途中、スイスのシャフハウゼンを流れるラインの滝を通過します。ラインの滝は、落差わずか23メートルほどですが、滝の幅は約150メートルあり、毎秒約60万リットルの水量となる夏のラインの滝は壮観です。

このラインの滝に魅せられた画家のひとりにイギリスの風景画家ウィリアム・ターナー(1775~1851年)がいます。ターナーは一度ならずラインの滝を訪れ、多くのスケッチや風景画を残しています。それらの作品はロンドンのテート・ブリテンやアメリカのボストン美術館など、各地の著名美術館に展示されていますので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。

一方、日本の白樺派の作家有島武郎(1878~1923年)は、ラインの滝のある町シャフハウゼンを「静寂古雅の町」と表現しました。有島は1906年、画家の弟、生馬とともに2週間足らずの日程でスイスを旅し、このうちの1週間をシャフハウゼンに滞在しました。そこで有島は運命的な出会いを果たします。投宿していたホテル・シュヴァーネンで働く美しい女性ティルダ・ヘックに有島は強くひかれたのです。ティルダもまた有島を敬愛していたそうで、その後一度も会うことがなかった二人でしたが、有島が亡くなる前年までの約16年間、書簡を交換したといいます。かつてホテルのあった場所には、有島とティルダを記念したプレートが掛けられています。有島にとってシャフハウゼンは一生忘れられない地となったのでしょう。「静寂古雅」とは、まさに愛しいティルダの面影と重なっていたのかもしれません。

後編はこちらから

主な参考文献
ライン河紀行(著/吾郷慶一 岩波書店 1994年)
カルチャーガイド ヨーロッパ歴史と文化の旅(著/水野潤一 大修館書店 1992年)
ライン川(著/平城照介 日本大百科全書)