2011年9月12日更新

ケルトの世界(前編)

ヨーロッパに限らず世界的なケルトブームが起こっています。アイリッシュ・ダンスを現代風にアレンジしたリバーダンスや、世界中で大ヒットした映画『タイタニック』で流れるアイルランド風の音楽など、日本人にもケルトは身近なものとなりました。「ケルト」の響きに郷愁を覚える人もいるかもしれません。今回はケルトの歴史と文化についてご紹介します。
 
「ケルト」の語源は、古代ギリシャの人々がアルプスの北方に住む人々のことを指す「ケルトイ(よそ者の意)」というのが通説です。ケルトは特定の人種を示すものではありません。インド・ヨーロッパ語族に属するケルト系の言語、および特徴的な文化や宗教を共有する集団を指すものといったほうがより正確といえるでしょう。

ここではおもに「島のケルト」についてお話しします。「島のケルト」とは、大ブリテン島やアイルランド、フランス・ブルターニュ地方に残された古代・中世以来のケルト文化のことを指します。これに対応するのが2000数百年前に起源を持つ「大陸のケルト」です。中央ヨーロッパの鉄器文化にルーツを辿ることができます。古代ケルトの人々は自らの歴史を文字によって記録していませんでした。このため解明されていないことも多く、現在も様々な角度から学術研究が進められています。

アイルランドやフランス・ブルターニュ地方などを訪ねると、21世紀の現在でも、その風景や暮らしぶりの中に、ケルトの文化を垣間見ることがありますが、まるで時代の古層や、埋もれていた時代の痕跡にふれるようでもあり、旅をいっそう深いものにしてくれます。

「大陸のケルト」「島のケルト」

ヨーロッパ大陸における鉄器文化の先駆者だったケルトの人々は、紀元前8世紀半ば~前6世紀末頃より、大陸中央部からその勢力圏を広げていったと考えられています。前3世紀前半頃には、その勢力圏の先端部は、東は小アジア、西はイベリア半島、さらには大西洋上に浮かぶ大ブリテン島やアイルランドにまで及びました。彼らは部族ごとに分立し、統一国家を形成することはありませんでした。前3世紀後半になると、その勢力圏は南方からローマによって侵食され始めます。北東方向からのゲルマン系の部族にも圧迫され、やがてケルトの主勢力はローマ人がガリアと呼ぶ地域(現在のフランスを中心とする一帯)とブリテン諸島に押し込められた形になってしまいます。

前1世紀半ば、ついにローマの将軍カエサルのガリア出兵により、ガリアのケルト系部族はその支配下に入ります。以後、この部族たちのローマ化が始まり、またゲルマン民族との混血も進んだことで、「大陸のケルト」は途絶えていきました。さらに紀元後1世紀半ばになると、ローマ帝国は大ブリテン島の属州化に乗り出し、結果的に約400年に及ぶローマ属州時代へと続くのです。当然、大ブリテン島のケルト系住民の間では緩やかなローマ化が進みました。しかし、大ブリテン島北部(現スコットランド)や西部(現ウェールズ)では激しく反乱し続けたのです。

ローマ撤退後、代わって島を征服したのが、ゲルマン民族の一派であるアングロ・サクソン人です。彼らの王国が群雄割拠する時代(5世紀後半~9世紀初頭)へと移り、イングランドはこれらの王国群から形成されることになります。彼らの侵入により、この地域におけるケルト系の言語や文化が急速に衰退することになりました。大ブリテン島北部には4世紀頃、アイルランドからケルト系のスコット人が渡来し、先住民のピクト人と融合しました。彼らが現在のスコットランド地方の住人の直接の祖先と考えられています。また、ウェールズ地方では、アングロ・サクソンの支配に対してケルト系の人々の頑強な抵抗が続きました。この地方のケルトの抵抗の中で生まれ、ケルトの人々に語り継がれたのが有名な『アーサー王伝説』です。

彼ら大ブリテン島のケルト人だけでなく、後述するアイルランドやフランス・ブルターニュ半島のケルトの人々はその後、隣接する強国(イングランド、あるいはフランス)からのたび重なる干渉に翻弄され、ケルト的アイデンティティを侵食される歴史となります。いずれも、長年の抵抗の後それらの強国に政治的に併合されていきますが、程度の差はあれ、そのアイデンティティが完全に消滅することなく現在に至っています。近年ではそれらの言語と文化の復興と保存が強く叫ばれています。

後編はこちらから

参考文献
図説 ケルトの歴史−文化・美術・神話をよむ(著者/鶴岡真弓、松村一男 河出書房新社 1999年)
ケルト人―蘇えるヨーロッパ「幻の民」(著者/クリスチアーヌ-エリュエール 監修者/鶴岡真弓創元社 1995年第3刷)
ケルト神話と中世騎士物語(著者/田中仁彦 中央公論社 1995年)
興亡の世界史 07 ケルトの水脈(著者/原聖 講談社 2007年)
ケルト文化辞典(著書/ジャン マルカル 訳者/金光仁三郎、渡邉浩司大修館書店 2002年)