2020年4月17日更新

第3回 パリ(フランス)とアンリ4世

アンリ4世
パリジャンに最も愛され、パリの美化に努めた愛すべき国王  
1589年、30歳半ばのアンリ4世はブルボン朝の始祖として王位に就きます。若き国王はそのわずか9年後の1598年に長らく続いていたカトリックと新教徒(ユグノー)との宗教戦争を「ナントの勅令」により終わらせます。

国内に平和がもたらされると、中断していたルーブル宮殿の工事を再開させ、ルーブルをヨーロッパ一壮麗な宮殿にするべく、セーヌ河に沿った長い回廊、グランドギャラリーを完成させました。

更にこのギャラリーの1階に芸術家や職人を無料で住まわせ、自由な創作活動を奨励します。後にここに住む芸術家たちの交流が活発になり、絵画彫刻アカデミーや建築アカデミーの誕生につながるのです。
アンリ4世の芸術振興への想いが詰まったグランドギャラリーは今日のルーブル美術館でも主要なギャラリーとして私たちを迎えてくれます。
また、アンリ4世は精力的にパリの都市計画を推し進めます。
1607年には石造りの橋、ポンヌフを完成させます。現存するパリ最古の橋を訪れると、今も橋の袂にはアンリ4世の騎馬像が立ち、悠然とパリの街を眺めています。また、マレ地区にはパリで初めての市民広場としてつくられたヴォ―ジュ広場があります。フランスに平和をもたらし、パリを美しく変貌させたアンリ4世はその温厚な人柄から、彼の自画像は優しい表情のものが多く、人々に愛されています。

次回はパリ(フランス)とセーヌ県知事オスマンを予定しております。
次回更新予定:4月24日(金)
お楽しみに!

藤沢営業所所長:近 博之
 
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ポンヌフとアンリ4世騎馬像