2020年4月24日更新

第4回 パリ(フランス)とセーヌ県知事オスマン

ジョルジュ・オスマン
1852年「オスマンによるパリ大改造計画」
今でもパリにやってくると空が広いと感じます。建物の高さに統一感があり路地を歩いていても所々に広場ありパッと視界が広がります。

私たちが目にする美しいパリの街並みの大部分は、セーヌ県知事のナポレオン3世時代に抜擢されたオスマンによって成し得たものです。

フランス革命から約50年、当時のパリは汚水やゴミによる悪臭、老朽化した建物、現在の姿からは想像もつかない姿でした。オスマンが17年間の在任期間、力を注いだのが道路整備でした。

その功績は凱旋門の展望台からはっきり見ることができます。凱旋門広場から放射線状にのびる12本の大通りです。シャンゼリゼ大通りからコンコルド広場、そしてルーブル美術館、ルーブル美術館の北側を通るリヴォリ通り、オペラ座とルーブル美術館を結ぶ1㎞のオペラ通り、大通りをなぞっていくとパリの歴史的建造物が美しく配されていることがわかります。
オスマンは道路整備だけでなく、衛生的な住宅街の建設や下水道の整備、ブローニュの森に代表される緑地整備も手がけました。人と車の往来がスムーズになり、安心して暮らせる街になったパリには1855年に第一回パリ万博が開催、1865年プランタンデパートが開業、そして市民生活の充実とともに印象派の絵画が生まれ、1899年のエッフェル塔建設など、華々しい時代へと入っていきました。

次回はバルセロナ(スペイン)とガウディを予定しております。
次回更新予定:5月1日(金)
お楽しみに!

藤沢営業所所長:近 博之
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パリの街並み