歴史ある風景

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2021年10月05日

玄界灘に浮かぶ百済王ゆかりの加唐(かから)島

九州支店:柴尾祐樹

 イカの活きづくりで有名な佐賀県の呼子から船で30分、玄界灘に浮かぶ加唐島。人口200人弱の小さな島ですが、今から約1500年以上前に百済の第25代王「武寧王(ぶねいおう)」が生まれたと伝えられる場所です。

 時は4世紀、日本では奈良を中心に大和政権が力を持つ中、隣国の朝鮮半島では高句麗、新羅、百済の3国時代を迎えました。日本に仏教を伝えたのは、百済国王の使節だったことからも分かるように、当時日本の大和政権と百済は緊密な関係にあり、多くの人々が行き交いました。日本書紀には、百済王が倭国へ遣わした使節団のひとりであった王の側室が加唐島で子供を産み、その子が後の武寧王だと記されています。その話を裏付けるように韓国で発見された墓誌石と、日本書紀に登場する武寧王の生誕年月が一致し、ほぼ事実であろうとされています。

百済第25代王・武寧王生誕の地オビヤ浦
呼子と加唐島を結ぶ船
島の素朴な集落

 島に上陸し、車で5分も走れば生誕の地オビヤ浦に到着します。そこには記念碑が建てられ、産湯となった井戸があり、時が止まったかのような素朴な海岸風景から当時の情景を思い浮かべることも難しくはありません。

生誕地の記念碑
産湯となった井戸

 

島の北に行くと、佐賀県最北端の地に椿園があり、天気が良ければ古代から日本と朝鮮半島を結ぶ航路の重要拠点となった壱岐を望むことができます。冬には椿も咲き、彩も楽しめるでしょう。

椿園から眺める玄界灘の景観

玄海島に浮かぶこの小さな島は、島の宝100景に選定され、武寧王の生誕祭に合わせて毎年韓国光州市から数十名が訪れます。島民の多くが港で出迎え、ほのぼのとした国際交流が続けられ、日韓草の根交流の場となっております。

加唐島の防波堤には日韓交流のイラストが描かれています。
国際航路の重要拠点となった壱岐を望む

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