歴史ある風景
歴史ある風景
2020年12月15日
琵琶湖畔 大津はかつて何故ここまで栄えたのか
本社:プランニング事業本部 乗田憲一
江戸時代の絵師、歌川広重が幾度となく描いた琵琶湖畔。彼の傑作「近江八景」で描かれた「三井寺の晩鐘」「瀬田の夕照」の面影は今も大津で楽しむことが出来ます。とは言え、現在の大津を訪れる観光客は多くはなく、京都からの日帰りか、彦根や比叡山での宿泊に合わせて1泊する程度。では何故、江戸時代、大津百町といわれるほど繁栄を極めたのでしょうか。周辺地図を俯瞰してみると結構、面白い地理条件が見えてきます。
京の都は山に囲まれた盆地。商業の中心、大阪・堺まで実は70㎞近くあります。それに対し、京都の東には少しだけ裾野が開けている道があり、そこを抜けると僅か10㎞で大津です。ここから琵琶湖を船で北上すれば物資を大量に運べるのです。そして北岸から敦賀や小浜へ抜けることにより、日本海側の北回り航路とつながっていました。つまり大津は、「京都から最も近い日本海へと続く港」だったのです。
時代が変わり、輸送・交通手段が変化すると大津を経由する必要がなくなり、代わりに比叡山や彦根・長浜などが観光地として賑わっています。
大津の東海道があった通りを歩くと、創業150年を越える老舗の和菓子屋や漬物屋、刃物屋など多く出会うことが出来ます。有名訪問地を訪ねるばかりではなく、こうした粋なお店を巡り歩くのもまた歴史を感じる旅になるかもしれません。
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