ここにご注目。旅のポイント
- Point 1
- 明治初期の西洋化に向けて進む日本と、西洋に知られていなかったアイヌの地をめぐったイザベラ・バードの足跡を9日間かけて辿ります。
ツアープランナーより
記憶を辿る旅
日本の歴史や文化に名を遺した一人の人物に焦点を当て、その足跡を辿ります。じっくりと追体験を楽しむため、日数は長めの9日間に設定。テーマに沿って日本各地を広く巡り、その生涯や物語を知り、知的好奇心を満たす、新しい旅のスタイルです。
「繁栄し、自立した東洋のアルカディアです」
イザベラ・バードの日本紀行(上) イザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫より
新潟から、数々の険しい峠を越え、現在の山形県南部の平野に入った時にイザベラ・バードが書き残した一言です。「アルカディア」とは、理想郷、桃源郷、牧歌的な田園都市を意味する言葉で、各地で厳しい感想を述べたバードもこの地の田園風景を褒めたたえています。
英国の女性旅行家イザベラ・バードが日本を訪れたのは、1878(明治11)年6月から9月にかけてのことでした。 西南戦争が終結した翌年であり、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任する7年前。大政奉還(1867年)からわずか11年という、江戸が終わり、日本が急速に近代化へと歩み始めた黎明期のことです。
イザベラ・バードは1831年生まれ。「記憶を辿る旅」の第二弾で取り上げた坂本龍馬は1836年生まれと、この二人はほぼ同時代人です。坂本龍馬の旅では、龍馬の目を通した幕末をご案内しましたが、この旅では、イザベラ・バードの目を通してみる、西洋化に向かう日本と、アイヌの地を辿る9日間です。
ヴィクトリア朝のレディ・トラベラーの先駆け イザベラ・バード
19世紀から20世紀初頭にかけて、大英帝国全盛期の英国で過酷な未踏の地へと単身旅立った女性冒険家・旅行家たちは「レディ・トラベラー」と呼ばれましたが、その先駆けがイギリスの旅行家、紀行作家のイザベラ・ルーシー・バードです。その他、アフリカを旅したメアリー・キングスリー、世界各地を巡り、植物の絵を数多く残したマリアン・ノースなどが知られています。
イザベラ・バードは、幼少期に病弱だったことから旅へ憧れを抱き、世界中を巡ります。1878年に来日し、東京から東北、北海道のアイヌの地を旅して当時の日本の風俗や自然を緻密に記録。『日本奥地紀行』などの優れた紀行文を精力的に執筆し、女性として初めて英国王立地理学会の特別会員に選出されました。その後もアジアや中東などへの探検を続け、生涯を旅と執筆に捧げました。

写真提供:日光金谷ホテル

日本の牧歌的生活 金谷カッテージ・イン
「この家のことをどう書けばいいのかわかりません。まさに日本の牧歌的生活がここにはあります。家の内外ともに目をよろこばせないものはなにひとつなく、あの宿屋のどんちゃん騒ぎを経験したあとでは、勢いよく流れる渓流の水音と鳥のさえずりが快いここの静けさにまことに心が洗われます。」
イザベラ・バードの日本紀行(上) イザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫より
このときバードが滞在したのは、代々東照宮の雅楽師を務める金谷家の金谷善一郎が、自宅の一部を改造して外国人に提供した宿泊施設「金谷カッテージ・イン」でした。
彼女はこの宿について、「外観をひと目見てうれしくなった」と記しているほか、部屋が素晴らしすぎるあまり、「インクをこぼさないか、畳に傷をつけないか、四六時中びくびくして過ごした」とも書き残しています。日光での滞在は12日間に及び、東照宮や中禅寺湖などを精力的に見学しました。
バードが宿泊した「金谷カッテージ・イン」は、金谷ホテル歴史館「侍屋敷」として保存されています。



その後、金谷善一郎は1893年(明治26年)に「金谷ホテル」をオープンします。バードはのちに朝鮮・中国旅行の途中で再び日光を訪れ、完成したばかりの金谷ホテルにも宿泊しています。


写真提供:日光金谷ホテル


繁栄した立派な町 新潟
「とはいえ新潟は五万人の人口を擁する繁栄した立派な町で、人口150万の越後という裕福な地方の主都であり、県令の置かれている地であり、第一級裁判所、立派な学校、病院、兵舎があります。」
イザベラ・バードの日本紀行(上) イザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫より
1858年(安政5年)、江戸幕府とアメリカの間で結ばれた日米修好通商条約により、新潟は開港場の一つに選ばれました。しかし、バードが訪れた当時の新潟は「新潟は開港場ですが、海外交易はなく、外国人居住者もほどんどいません」という状況だったようです。バードは新潟に1週間以上滞在して市街地を散策しました。当時の新潟は堀と柳の木が印象的な町で、彼女はその様子を挿絵としても残しています。



繁栄した県都・山形
「山形県はまれに見る繁栄した進歩的で野心的な地方だという印象を受けています。上山を発ってすぐに入った山形平野は人口が多く、耕地化が非常に進んでいて、広い道路は交通量もきわめて多く、裕福で開化されているようです。」
イザベラ・バードの日本紀行(上) イザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫より
バードが山形を訪れた当時は、初代山形県令の三島通庸(つねみち)が近代化政策を強力に推し進めており、市内には西洋風の近代建築が次々と建てられていました。
当時バードが目にした建物で、現在も残っているのが、かつて「済生館」と呼ばれていた病院の本館(現在の山形市郷土館)です。このほかにも山形には、彼女の滞在以降を含め、三島県政下の近代化によって建てられた明治期の洋風建築が今なお残されています。

金山の絶景と心温まる出会い
「けさ新庄を発ったあと、わたしたちは険しい尾根を越え、たいへん美しくて変わった盆地に出ました。そこはピラミッド形の山々が半円形に連なり、しかもその山々が頂上までピラミッド形の杉の木立に覆われているのでいっそう美しさが際立っているのです。見たところ、この杉林で北に行く道はすべてふさがれているようです。麓にはロマンチックな場所に金山の町があります。」
イザベラ・バードの日本紀行(上) イザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫より
新庄から金山(かねやま/現最上郡金山町)に入ったバードは、金山三峰(薬師山・中ノ森・熊鷹森)と金山の町をこのように称賛しました。彼女は宿の心地よさや職員の丁寧な接客にふれ、「一両日は滞在するつもり」と書き残しています。通訳の伊藤が鶏を調達してくれたり、宿の主人や村長と夜更けまで語り合ったりと、非常に心温まる楽しい一夜を過ごしたようです。なお、現在の金山町には、彼女の訪問100周年を記念した碑が建てられています。

日本で得た最も楽しい思い出 平取
「アイヌたちはまるでわたしなどいないかのように、ふだんの仕事をこなしています。きのうは興奮しすぎてくたくたに疲れる一日となりました。なぜならなにもかもがめずらしく、また興味深いからです。」
イザベラ・バードの日本紀行(下) イザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫より
「また調査と観察に関したことから離れても、この人の少ない地には魅力がある。苫小牧-襟裳岬間の太平洋があげる長く悲しげな音、内浦湾付近の荘厳なわびしさ、蝦夷の暮らしの軽やかさと自由。わたしが心を奪われたこういったものは、わたしの蝦夷の思い出をある面で日本で得た最も楽しい思い出にしてくれているのである。」
イザベラ・バードの日本紀行(下) イザベラ・バード著 時岡敬子訳 講談社学術文庫より
バードの日本旅行における大きな目的の一つは、北海道のアイヌの地を訪れることでした。そのため函館以降の記述は非常に手厚く、多くの挿絵も残されています。取り上げられているテーマは、アイヌの家屋や生活習慣、風習、食事、宗教観など多岐にわたります。実際のコミュニケーションはアイヌ語・日本語・英語を介して行われたため、バード自身も「質問も回答も三つの言語を経るので、手順は時間がかかります」と記しています。決して長くはない平取(びらとり/現・沙流郡平取町)での滞在期間中に、多角的な記録を書き上げた観察眼と探求心には、驚かされるばかりです。






『日本奥地紀行』
『日本奥地紀行』(原題:Unbeaten Tracks in Japan)は、1880年にスコットランドのジョン・マレー社から全2巻として出版された後、1885年に1巻本の「要約版」が出版されました。この要約版では、東京へ戻った後の伊勢神宮や京都への旅行記、および解説的なページなどが省略されています。
日本で一般的に知られている高梨健吉訳『日本奥地紀行』(1973年、平凡社東洋文庫)は、この1885年の要約版を翻訳したものです。このたびは要約版で省略された箇所からも引用を行っているため、1880年の完訳(全2巻)をベースとした時岡敬子訳『イザベラ・バードの日本紀行(上・下)』(2008年、講談社学術文庫)を参照・引用しています。

ツアー日程
| 9日間 | 訪問地・時刻 | スケジュール | 食事 |
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1日目
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東武浅草駅 11:00発 東武日光駅 12:51着 日光
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■浅草より東武線にて日光へ。 ■●金谷ホテル歴史館にご案内します。その後、●東照宮の見学。 【2連泊】(日光泊) |
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2日目
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日光
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■終日、奥日光の観光へ。 ■○華厳滝、○中禅寺湖の遊覧、●英国大使館別荘記念公園、●イタリア大使館別荘記念公園にご案内します。 (日光泊) |
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3日目
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日光 糸沢 田島 大内宿 (阿賀野川下り) 新潟
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■日光より、田島へ。途中、糸沢にある●奥会津博物館へ。 ■田島では、●旧南会津郡役所。その後、大内宿(阿部家住宅に宿泊したと推測されている)へ。 ■阿賀野川下りを楽しみ、新潟へ。 (新潟泊) |
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4日目
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新潟 09:00発 山形 17:00着
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■午前、●新潟市歴史博物館みなとぴあの見学。敷地内の旧新潟税関庁舎を見学。 ■その後、山形へ。 ■山形では、イザベラ・バードも訪れた●山形市郷土館(旧済生館本館)、●山形県郷土館 文翔館にご案内します。 (山形泊) |
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5日目
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山形 09:00発 天童 金山 秋田 17:00着
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■バスにて天童へ。 ■○天童公園文学の森にある○イザベラ・バード記念碑に立ち寄ります。その後、金山へ。 ■ロマンチックな雰囲気と記した、金山町の散策。 ■その後、秋田へ。 (秋田泊) |
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6日目
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秋田駅 08:39発 青森駅 11:18着 青森港 14:20発 函館港 18:00着
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■秋田駅より、鉄道にて青森駅へ。 ■青森港より津軽海峡フェリーにて函館へ。 (函館泊) |
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7日目
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函館 09:00発 函館駅 15:01発 苫小牧駅 17:59着
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■午前、市電と徒歩にて●函館市旧イギリス領事館、○旧函館区公会堂を見学。 ■函館駅より、列車にて苫小牧駅へ。 【2連泊】(苫小牧泊) |
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8日目
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苫小牧 09:00発 (平取) 苫小牧 17:00着
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■イザベラ・バードの目的地、平取へ。●平取町立二風谷アイヌ文化博物館、●萱野茂 二風谷アイヌ資料館を見学。 (苫小牧泊) |
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9日目
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苫小牧 09:00発 新千歳空港 16:00発 羽田空港 17:45着
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■午前、ウポポイ(民族共生象徴空間)の●国立アイヌ民族博物館を見学。 ■午後、新千歳空港より羽田空港へ。 ご自宅までお荷物を託送します。 |
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※上記日程表は全日空利用の時刻です。その他の航空会社利用の場合、時刻が異なります。
出発日・旅行代金
このツアーは9日間のコースです。
| 出発日 | 旅行代金 |
|---|---|
| 3月31日(水)発 |
旅行代金:¥535,000 |
※1名室利用追加代金:¥90,000
お1人でご参加のお客様は、1名室利用追加代金にて承ります。
※現地合流プラン:東武日光駅(合流の場合)、ご旅行代金から¥2,000引きとなります。
※現地離団プラン:新千歳空港離団(帰着)の場合、ご旅行代金から¥17,000引きとなります。
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