【国内】帰着しました。添乗員レポート

【国内】帰着しました。添乗員レポート
2026年05月07日
【帰着レポート】隠岐国分寺・蓮華会舞の旅
<2026年4月20日(月)~4月24日(金) 5日間 添乗員:中屋雅之>
島根県の北方約40キロに位置する隠岐の島は、4つの人の住む島とそれ以外の無人島から成る島嶼群です。この島は極めて長い歴史を有し、「日本書紀」にも登場。国生み神話では最初に生まれたのが淡路島、二番目が四国、三番目が隠岐の島だと言われています。更に特筆すべきは琵琶湖の半分ほどの面積のこの小さな島々に150社以上の神社があることです。理由は様々ありますが、人々の信仰心の高さと小さな集落ごとに氏神様を祀ったこと、さらに巨木や巨石をご神体とする原始的な信仰が残っていることなどが挙げられます。
隠岐国分寺の蓮華会舞
天平13(西暦741)年、聖武天皇の詔によって日本各地に国分寺が設けられました。現在の島根県だけでも当時は出雲の国、石見の国、隠岐の国があり、それぞれに造られました。1332年の後醍醐天皇の隠岐配流の際にはこの寺院が行在所だったとも言われています。この隠岐国分寺を舞台に平安時代から連綿と続く伝統芸能が「蓮華会舞」です。かつては数多くの舞が行われましたが、現在に残るのは「眠仏之舞」、「獅子之舞」、「太平楽之舞」、「麦焼之舞」、「山神貴徳之舞」、「龍王の舞」、「仏の舞」の7種類です。歴史に培われた舞は、見る者を魅了。神々しさを感じました。

玉若酢命神社と億岐家住宅の宝物庫
かつて、隠岐国の国府があった近くに鎮座する神社が「総社」と呼ばれる「玉若酢命(たまわかすのみこと)神社」です。主祭神の玉若酢命は古事記などに登場しない隠岐独自の神であり、隠岐国の開拓をしたと伝わる地方神です。その宮司を務めるのが古代の隠岐国造(おきのくにみやつこ)の末裔・億岐(おき)家であり、奈良時代から代々宮司を務め、現在の宮司は48代目にあたります。宮司の屋敷は伝統的な茅葺屋根の家で、内部の宝物殿には「駅鈴(えきれい)」、「隠伎倉印(おきそういん)、「唐櫃(からびつ)」などの国の重要文化財が展示されており、48代目宮司の奥様が説明をしてくれました。
また、庭には仏面竹(ぶつめんちく)という珍しい竹が生えていました。孟宗竹の変種で、節と節の間が縮んで丸くなり、仏様の顔に見えるところから仏面竹と名付けられ、「亀甲竹」とも呼ばれています。因みにテレビドラマ「水戸黄門」で黄門様が持っている杖はこの仏面竹です。



今から1300年前の奈良時代、既に駅伝制度が発達。五里(約20㎞)ごとに駅が設けられました。当時の役人が公用で中央に出向く際、身分証明として「駅鈴」を携え、各駅で馬上から駅鈴を鳴らして身分を知らせ、人と馬を調達したと伝えられています。ここ億岐家の宝物殿にあるものが、日本で唯一現存する駅鈴であり、国の重要文化財に登録されています。
大自然のスペクタクル「ローソク島」
隠岐の島の名所の一つにローソク島があります。海の中からまっすぐに立つ高さ約20mほどの岩で、まるで蝋燭のような形をしています。しかも、日没少し前に丁度良い場所に船を停めると、その先端に太陽が重なり、まるでローソクに火が灯ったように見えるのです。晴天で、波が穏やかな日に、船の上からしか見ることのできない奇跡の光景です。今回は西の空が雲に覆われ、心配しましたが、それに近い状況の写真を撮ることができました。まさに大自然のスペクタクルでした。

大自然の残る西ノ島と知夫里島
今回は隠岐本島から西ノ島、更に小型のボートで知夫里(ちぶり)島までご案内しました。この両島は大自然の絶景と昔ながらの人々の生活の残る素朴な島です。また、この時期、岩ガキが旬であり、海の幸を中心とした食事にも感動です。




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