【国内】帰着しました。添乗員レポート

【国内】帰着しました。添乗員レポート

2021年04月15日

【帰着レポート】「なごみ」でゆく 遠野と三陸鉄道の旅

2021年3月22日~3月26日 5日間 添乗員:東京支店 田中弥也子

「なごみ」の特別運行で行く東北の旅5コースの中の「遠野と三陸鉄道の旅」へ行って参りました。「なごみ」乗車レポートは、「遠野と三陸鉄道の旅」添乗員、長谷野の記事をご参照ください。私からは、東日本大震災から10年を迎えた三陸地方と不思議なお話が伝わる「遠野物語」で知られる遠野の観光について、ご紹介します。

三陸鉄道貸切乗車でゆったりと三陸を縦断。

世界有数かつ国内最大の琥珀の採掘産地としても知られる久慈駅を出発し、鉄と魚とラグビーの釜石駅まで三陸鉄道を1両貸切、のんびりと3時間半の列車旅です。右に左に流れゆく三陸の豊かな自然と特徴的な地形に、皆様カメラを持って車両内を移動してらっしゃいましたが、貸切でのご案内でしたので、他の乗客に気を遣うこともなく、思う存分に車窓からの景色をお楽しみいただけました。お天気も良く、列車旅日和。青く光る太平洋を臨むことができましたが、その海の前には、万里の長城を彷彿させる防潮堤が連なっていました。また、防潮堤だけでなく、嵩上げされどことなく新しく作り上げられた町々が並び、10年前の東日本大震災が及ぼした影響と、津波によって全く何もなくなってしまったところから見事、生活できる場所へと復興させた東北に方々の力強さを感じました。
途中、宮古駅にて10分程ホームに降りることができました。宮古駅を出発するときには、駅員の方々総出で横断幕を掲げ、見送っていただきました。大変ありがたく、心温まる場面でした。三陸鉄道が町の中を走ると、近くの公園で遊ぶ子供たちが、こちらに手を振ってくる姿に、いかに復興のシンボルとして親しまれているのかが垣間見えました。
久慈駅を出発して約3時間半、新日鉄ラグビーで有名な釜石駅に到着いたしました。

久慈駅から出発する三陸鉄道
琥珀いろとニックネームがついた久慈駅
釜石のラグビーに合わせて、手すりはラグビーボール型です。

震災遺構「たろう観光ホテル」 

震災後初めての三陸訪問というお客様が多くいらっしゃり、旅を通して震災のことをしっかりと知りたいというお声もありました。今回の旅の中では、当時被害に遭われた方が震災ガイドとして語り部をしてくださり、特に被害の大きかった田老と陸中山田でご案内していただきました。田老には、震災遺構に登録されている「たろう観光ホテル」があり、津波が押し寄せた部分の鉄骨が剥きだしになった状態で保存されています。当時、ホテルの社長はホテルにおり、全従業員を避難させた後、もしかしたらチェックインにくるお客様がいるかもしれないと一人ホテルに残りました。6階の一室に避難し、そこから防潮堤により津波に気づけていない町の人々に声がけをしながら、町が津波にのまれていく様子を動画に納めていました。「たろう観光ホテル」を訪問するプログラムでは、どのメディアにも流されていない実際の動画を見て、津波の恐ろしさを知るとともに、被害に遭われた語り部の方から「防災」がいかに重要であるのか、教えていただきました。

津波被害をそのままに残す「たろう観光ホテル」
階段の奥には大浴場があったそうです。

「遠野物語」の世界へ 遠野散策

ビールの原料となるホップの生産でも有名な遠野で1泊。最終夜は語り部に「遠野物語」をお話いただき、翌日は遠野の町を散策しました。「遠野物語」の中から「かっぱ淵」を紹介していただいたので、散策の中では、実際にカッパが発見されたと言われる「かっぱ淵」にご案内しました。案内役はカッパ釣り名人の「カッパおじさん」。きゅうりを付けた釣り竿を持ち、遠野の不思議話を紹介しているその姿は、何とも「遠野物語」の世界に入り込んだ様な気分でした。

カッパ釣りに挑戦するカッパおじさん

震災の記憶残る三陸は、どこか暗い印象を抱きがちな場所ですが、人々の力強さ、優しさ、温かさを十二分に感じ、三陸特有の地形が生み出す景観と恵まれた海の幸を堪能する5日間。あれから10年、旅の中で見た光景の一つ一つに思いを馳せながら、帰着いたしました。

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