町並み百選

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2021年06月24日

みちのくに残る商家の町並み 村田

プランニング事業本部 吉田義和

「中山道」と「東海道」を皮切りに発表した「街道をゆく旅」。現在では日光街道、甲州街道、奥州街道と5つの街道をご案内するに人気のシリーズに至っています。昨日、シリーズ最長コースとなる「奥州街道の旅」が出発。みちのくの街道をワールドのお客様が旅しています。今回は、奥州街道の旅でも訪れる宮城県初の重伝建「村田」をご紹介します。

紅花交易で栄えた商業の町

今回ご紹介する村田の町は、宮城県の南部、白石市と仙台市のちょうど中間に位置します。南北には仙台、白石を繫ぐ奥州街道が、西へは山形庄内へと続く最上街道が交差する要衝地でした。江戸時代、この地方は紅花の生産が盛んで、日本一の生産量を誇る山形の最上紅花と並んで、染料や口紅の原料として都市部で人気の産品でした。村田の商人たちは、この地方で獲れた紅花を庄内から北前船で上方へ、奥州街道経由で江戸へと卸して財を成しました。商人たちは街道沿いに土蔵と家屋が一体化した商家を競うように造り、重厚な「蔵の町並み」が形成されました。明治期に入ると紅花に代わり藍や生糸の交易に携わり、その繁栄は昭和初期まで続いたと言われています。ちなみに紅花で栄えた商人の町というと、中山道の桶川宿(埼玉県桶川市)も知られています。村田は最上・仙南紅花の集積地として。桶川は桶川臙脂(おけがわえんじ)の集積地として栄えました。ともに街道の旅で立ち寄る訪問地ですので、その町並みを比べてみてはいかがでしょうか。

現在、重伝建地区にも指定されている「蔵の町並み」は、村田の中心を流れる荒川東岸の小さな街道沿いにあります。南北1キロほどの範囲にいくつもの重厚な蔵が並ぶ姿は圧巻です。

蔵造りの商家が並ぶ重厚な村田の街並み
重伝建村田の散策地図
桶川に残る紅花農家屋敷
江戸時代に人気交易品だった紅花

村田の町のいまむかし

昭和以降街道交易が衰退し、村田の蔵は人々の住まいとして利用され、段々とその姿を消してゆきました。現在は町並み保存のため様々な用途に活用され、観光の拠点として、地元の人々の情報発信基地として、そして他の地域との交流の場として生かされています。築150年の蔵を利用したブティックのひとつ「余白」では、仙南地方各地の職人が作った焼物や工芸、また交流のある沖縄県久米島の産品を販売。他県から職人の焼物目当てに訪れる人もいるのだとか。いまもむかしも蔵が賑わえば町も賑わう、村田の町の真髄を見た気がしました。

明治期の村田の町並み
商家が立ち並ぶ様子が伺える明治期の地図
仙南地域の職人の業を伝える蔵ブティック「余白」
自然と炭焼きの歴史から生まれた「七ヶ宿焼東北炭流し」

そうめん?にゅうめん?白石うーめん

村田の南隣の町、伊達家の重臣片倉氏が治めた白石の町には、訪れたらぜひ召し上がっていただきたい名物があります。それが「うーめん」です。うーめんの発祥は江戸時代。「胃を患った麺好きの父親のために、体に負担の少ない油不使用の麺を作り出し父親に与えたところ、美味しさのあまり胃の病気が治った。」という話が町中に広がり、領主片倉氏も「親孝行の食品」と保護したことから白石全域で今でも人気の名物料理となっています。先日訪れた際、地元の人からも人気の「やまぶき亭」にて”初うーめん”を体験。触感は素麺のようですが、麺のコシは素麺以上。短いためするりといただけます。つけ汁も胡麻や豆乳などあり、特に胡麻だれが美味でした。漢字では温麺と書く「うーめん」ですが、これからの時期は冷やしても美味しくいただけます。ぜひ白石にお立ち寄りの際は「うーめん」をお試しください。

白石名物のうーめん さっぱりとした美味しさ
白石に残る武家屋敷

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