【海外】帰国しました。添乗員レポート

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2026年06月17日

【帰国レポート】3つのシルクロード遺産と2つの絶景 トルクメニスタン周遊の旅

<2026年5月15日(金)~5月24日(日)10日間 添乗員 中屋雅之>

<2026年5月15日(金)~5月24日(日)10日間 添乗員 中屋雅之>

中央アジアの西に位置し、古来、東西交易の大動脈シルクロードの要衝として栄えたトルクメニスタン。その名を聞いてもすぐに具体的な風景を思い浮かべる方はまだ多くはないかもしれません。しかし、この国には悠久の歴史を刻むシルクロードの古都、荒野に広がる大自然の造形美、そして他では決して出会えない独特の風景が息づいています。
このたび、久々にトルクメニスタンを訪れました。私にとっては、ソ連時代、独立間もない頃、そして今回と、長い年月を隔てて3度目の訪問となります。まず驚かされたのは、首都アシュガバードの変貌ぶりでした。白亜の大理石で覆われた近代的な建築群が林立し、広い道路を走る車はすべて純白。街全体がまるでひとつの壮大な都市計画の中に造られたかのような、独特の景観を見せています。一方で、首都を離れ地方へ向かうと、そこにはかつての中央アジアの面影が今も色濃く残されています。乾いた大地、遠くに連なる山並み、土色の遺跡群。シルクロードを行き交った商人や旅人たちの足音が、今にも聞こえてくるようです。
今回の旅では、トルクメニスタンが誇る3つのシルクロード遺産と、息をのむ2つの絶景を訪ねました。

アシュガバードのトルクメンバシ・ルーヒーモスク
アシュガバードで宿泊した大理石造りの「ユルディズ・ホテル」

シルクロードのメインルートとなったトルクメニスタン

中国から中央アジア、中近東、そしてトルコへと続いたシルクロード。その道は一本ではなく、時代や交易品、政治情勢によって幾筋にも分かれていました。その重要なルートのひとつが、現在のトルクメニスタンを横断していたのです。

この地には、紀元前6世紀にアケメネス朝ペルシャ、紀元前4世紀にはアレキサンダー大王の帝国、その後もセレウコス朝、パルティア王国、ササン朝ペルシャなど、名だたる王朝が興亡を繰り返しました。まさに東西文明が交差し、権力と交易、宗教と文化が交錯した舞台です。中でも注目されるのが、紀元前3世紀から紀元後3世紀にかけて大きな力を持ったパルティア王国です。現在のトルクメニスタンからイラン高原、さらにメソポタミアにまで勢力を広げ、東の漢帝国と西のローマ帝国の間に位置する地の利を生かして、中継貿易で莫大な富を築きました。中国の史書『史記』には、この国が「安息国」として記され、漢の武帝の時代から交易が行われていたことが伝えられています。ギリシャ風の都市文化(ヘレニズム文化)、ペルシャ的な美意識、そして東西の文物や宗教が混じり合うこの地は、まさにシルクロードの十字路でした。

パルティア王国最初の都 ニサ

パルティア王国の最初の都が、首都アシュガバード郊外に残るニサ遺跡です。紀元前3世紀に築かれ、現在では大部分が風化し、静かな土の遺構として広がっています。しかし、堆く盛り上がった城壁や見張り塔の跡を前にすると、かつてここに強大な王国の都があったことを実感します。城壁内には、王宮、王の間、拝火教神殿、宝物庫などの跡が残され、一部は修復されています。往時の華やかさを想像しながら歩く遺跡散策は、まさに歴史の中へ分け入るような時間です。

日干し煉瓦の残る王宮跡
紀元前3世紀の遺構が残る

ニサ遺跡からは、数多くの象牙製リュトンが出土しています。リュトンとは、酒などを注ぐために用いられた角形の杯で、古くはアケメネス朝ペルシャに起源を持ち、シルクロードを通じて東西へ広がりました。ブルガリアではトラキア王国の黄金のリュトン、中国ではサイや牛の角を模した角杯、唐代には白磁のリュトンも作られました。しかし、象牙製のリュトンがまとまって出土しているのは、世界でもこのニサ遺跡だけです。アシュガバード国立博物館では、貴重な出土品を実際に見ることができます。
今回の旅ではニサ遺跡に加え、クニャ・ウルゲンチ、メルヴ遺跡という、シルクロードを代表する3つの世界遺産を訪ねました。交易の富に支えられた都、イスラム世界に名を馳せた学問都市、そして荒野に眠る大帝国の遺構。それぞれが異なる時代の記憶を今に伝えています。

象牙製のリュトン
パルティアのヴィーナス像
ホラズム・シャー王国の都クニャ・ウルゲンチ。中央アジアで最も高いミナレット(クトルグ・ティムールのミナレット)
メルヴ遺跡の大キズ・カラ

炎の要塞、ヤンギ・カラの大峡谷

この旅のもうひとつの大きな魅力が、トルクメニスタンの大自然が生み出した絶景です。中でもヤンギ・カラは、訪れる人を圧倒する景観を誇ります。
トルクメニスタン西部、バルカン州に広がるヤンギ・カラは、かつてカスピ海の海底だった地層が隆起し、長い年月をかけて風と雨に削られて生まれた大峡谷です。白、ピンク、赤の地層が幾重にも重なり、荒野の中に壮大な自然の彫刻のような風景を描き出しています。ヤンギ・カラとは、トルクメン語で「炎の城塞」を意味します。太陽の光を受けると、岩肌が赤く燃え上がるように輝き、その名の通り、荒野にそびえる炎の城のような姿を見せます。時間帯によって色彩を変えるその景観は、まさに大自然がつくり上げた芸術です。

もう一つの絶景、「地獄の門」

カラクム砂漠に燃え続ける「地獄の門」、ダルヴァザ・ガスクレーター。荒涼とした砂漠の中にぽっかりと開いた巨大な穴の底では、炎が絶え間なく燃え続けています。夜になると、漆黒の砂漠に赤々と炎が浮かび上がり、まるで地球の内部をのぞき込んでいるかのような迫力です。近くのユルト式のホテルに宿泊し、夜の「地獄の門」も見学しました。

夜見学した「地獄の門」

トルクメニスタンの旅は、まだ見ぬ中央アジアの奥深さに出会う旅です。白亜の首都アシュガバード、悠久の都ニサ、クニャ・ウルゲンチ、メルヴ、そしてヤンギ・カラと地獄の門。一度訪れれば、この国が単なる「未知の国」ではなく、歴史と大地の壮大な物語を秘めた旅先であることを、きっと実感していただけることでしょう。

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