【海外】帰国しました。添乗員レポート

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2023年12月28日

【帰国レポート】アラビア湾岸6カ国周遊の旅【10日間】

<2023年12月4日~12月13日 10日間 添乗員:東京支店営業部 中屋 雅之>

<2023年12月4日~12月13日 10日間 添乗員:東京支店営業部 中屋 雅之>

 名前はよく聞くけれど訪問するチャンスの少ない国。それが湾岸諸国ではないでしょうか。アラビア湾(ペルシャ湾)に面する所謂「湾岸6カ国」とはカタール、クウェート、バーレーン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、オマーンの6か国です。湾岸諸国は世界で最も原油の埋蔵量が多い地域としても知られ、これらすべての国々は世界有数の産油国でもあります。その石油経済を背景に超近代化の進む国もあります。しかしながら、どの国もそれぞれ特徴があり、雰囲気も全く違っています。

航空機で立ち寄ることは多くても実際に入国する方は少ない? カタール

 最近、ヨーロッパ、中近東、アフリカ方面の旅行は、航空機がロシア上空を飛行できないこともあり、エミレーツ航空、ターキッシュ・エアラインズ、カタール航空などの中東系の航空会社を利用する機会が多く、今回も日本からカタール航空で出発しました。早朝4:55にカタールの首都ドーハ到着。入国手続きを経て市内に出ると間もなく日の出の時刻です。海岸のコルニッシュ通りを走って港に入り、日の出の風景をご覧いただきました。

美しい日の出の風景
カタラ文化村のモスク

 その後、私たちは「カタラ文化村」を訪問しました。ここはカタールの伝統文化を後世に伝えることを目的に造られた施設であり、モスクや鳩の塔、文化教室、野外劇場など様々な建物がありました。特にギリシャ劇場を模した半円形野外劇場は総大理石造りで、収容人員4000人という立派なものです。今でもここでコンサートやオペラなどが行われているとのことです。
 ここドーハで最もご注目いただきたいのはスーク(市場)です。広大なスークは様々な地区に分かれ、「鳥のスーク」、「ラクダのスーク」、「食料品のスーク」、「香辛料のスーク」などに分かれています。中でも必見は「鷹のスーク」。ここでは多くの鷹が売り買いされています。この国のお金持は鷹狩を行うのがステータスシンボルとのこと。すぐ近くには鷹専門の病院もあります。鷹は攻撃的にならないよう、すべて帽子で目隠しがされているのも印象的でした。

鷹は攻撃的にならないよう目隠しがされています。
カタール紳士も鷹の品定め。

 市場で自由行動の時間を取り、お買い物をされた方も。新市街は近代的なビル群が林立していますが、カタール国民は昔ながらの伝統文化に誇りを持ち、それを後世に残そうと努力していることがよくわかります。

ドーハの旧市街。
「ザ・パール地区」は高層マンションが林立
まるでベネチア?ドーハの「運河地区」

石油に浮ぶ国 クウェート

 クウェートは石油と切っても切れない関係にあります。「石油に浮ぶ国」とも表現され、単位面積当たりの石油埋蔵量は世界一です。1930年代までは漁業とそ真珠産業が中心でしたが、石油のおかげで国は急速に発展。医療費や教育費も無料の超福祉国家でもあります。

博物館に展示された「ダウ船」 1949年まで現役
でアラビア海からインド洋まで活躍しました。
グランド・モスク
この国のシンボルともいえる「クウェート・タワー」高さ187メートルの最も高い塔には標123mの地点に、約30分で一周する回転展望台もあります。
展望台からの風景

歴史の深い国 バーレーン

 カタールやクウェートは比較的歴史の浅い国ではありますが、ここバーレーンはひと味違います。というのもここには紀元前3000年に遡る遺跡があり、更に旧約聖書に描かれた「エデンの園」はバーレーンにあったという説もあります。
 最初に訪れたのは島のほぼ中央の砂漠地帯に1本だけ生えている「生命の木」です。この木こそアダムとイブが食べた「禁断の木の実」の実る木と言われています。確かに植物の育たない砂漠地帯に1本だけ青々と葉を茂らせているのは不思議です。

砂漠の中に1本だけ青々と茂る「生命の木」
四方に巨大な枝を伸ばしています。

 次に訪れたのは「アアリの古墳群」です。国中に7万〜8万もの古墳があり、その歴史は紀元前3000年の「ディルムン文明」の時代に遡ると言われています。数千個の古墳が並ぶ場所で写真ストップの後、アアリの町の中心へ。この町は古来陶器作りで知られ、至る所に陶器の工房や窯があります。そして、その工房や民家の間に高さ10メートルを超える土の山が点在しています。これは他の古墳に比べてひときわ大きいので、「王家の墓」とも呼ばれています。

アアリの町の中心に位置する巨大な古墳。ここは「ロイヤル・トゥーム」と呼ばれ、王家の墓ではないかと言われています。

 この国で有名な遺跡は「バーレーン要塞」です。もともとこの場所には紀元前3000年頃の古代ディルムン文明の都市があり、紀元前4世紀にはアレキサンダー大王が占領、タイロスと呼ばれるようになりました。更に、ずっと後の時代になって14世紀にはアラブ人の統治者がここに要塞を築き、1522年にはこの島を占領したポルトガル人が現在に残る城塞を完成させました。それ故、この要塞は「ポルトガル要塞」とも呼ばれています。
 ここは現在でも発掘中であり、今後の発掘の成果に期待したいところです。

ポルトガル要塞:夕暮れの風景
古代人が船出をした港の跡:現在は干潟となっています。

バーレーンから日帰りでサウジアラビアのダンマンへ。

 バーレーンはアラビア半島のサウジアラビアと、長さ25㎞の海上の橋「キング・ファハド・コーズウェー」によって陸路で繋がっています。そして、その丁度中間地点に国境があり、サウジアラビアのビザさえあればバーレーンから国境を越えてサウジアラビアを訪問することができます。私たちもサウジアラビアのダンマンの町まで日帰り観光しました。

今回は日帰りですので、あまり時間がなく、ダンマンの「キング・アブドゥルアジズ・文化センター」のみ見学しました。これはサウジアラビアの文化ルネッサンスの象徴として2016年に建設されたもので、文化・学習・異文化活動をを推進する目的でアラムコ石油が建設したものです。外観は巨大な一枚岩を模し、内部には劇場、図書館、映画館、博物館など様々な施設があります。中でも有名なものは2018年にアメリカのタイムズ誌に紹介された図書館です。タイムズ誌では2018年に訪問すべき世界ベスト100の一つに選ばれました。

一枚岩の形をした「キング・アブドゥルアジズ・文化センター」
タイムズ誌でも紹介された内部の図書館:斬新なデザインが美しい。

バーレーンから航空機でアラブ首長国連邦へ。

 アラブ首長国連邦については最近弊社のツアーでは「絢爛のアラビア ドバイとアブダビの旅」や「ドバイ・アブダビ・アル・アインの旅」などでご案内し、人気の訪問地の一つとなっています。その魅力は近未来的な奇想天外な建造物、おいしい食事、豪華なホテル、様々な世界一などが挙げられるでしょう。今回はアラブ首長国連邦の首都アブダビと、この国唯一の世界遺産に登録されたアル・アインの町を訪問しました。
 アブダビは他のツアーでもたびたび紹介されますのでここでは省略し、アル・アインをご紹介します。アル・アインはアラブ首長国連邦とオマーンとの国境地帯に位置するオアシス都市であり、砂漠を行き交う商人たちの中継地として古くから栄えた町です。アル・アインとはアラビア語で「泉」に意味です。
 この町は「アル・アインの文化的遺跡群」としてこの国唯一の世界遺産に登録されています。この地域には紀元前2500年〜紀元前2000年頃の青銅器時代の集落跡があり、現在でも発掘調査が行われています。その中の「ヒリ・ガーデンズ」は当時の円形の石作りの墳墓が復元されていて、当時の人々の生活感を垣間見ることができます。また、アル・アイン・オアシスは3000年前に造られたファラジと呼ばれる地下水を利用した灌漑システムも残り、これも世界遺産の構成要素のひとつになっています。

古代の墳墓(ヒリ・ガーデンズ)
ナツメヤシの茂るオアシス

アル・ジャヒリ要塞

 アル・ジャヒリ要塞は1891年、アラブ首長国連邦の建国の父、ザイード前大統領の祖父に当たるザイード1世の命で、周辺のオアシスや井戸、ナツメヤシの木を守る目的で作られました。城塞は一辺35メートルの正方形の形であり、警備の塔は円形の建物を4段重ねにしたような形で、通称ウエディング・ケーキと呼ばれています。
 この要塞のビジターセンターでアラビック・コーヒーとナツメヤシをご馳走になりました。

アル・ジャヒリ要塞
アル・ジャヒリ要塞の見張りの塔(ウエディング・ケーキ)

アラビア半島南端に位置するオマーン

 アル・アインの町からバスでしばらく走ると間もなくオマーンとの国境です。アラビア半島の東南端に位置するオマーンはアラブ首長国連邦やクウェート、バーレーン、カタールなどに比べて非常に広い国であり、面積は約31万平方キロメートル、しかし人口は452万人と小国アラブ首長国連邦の937万人に比べても遥かに少ない人口です。つまり人口密度は極めて低く僅か1㎢に14人、これはバーレーンの1891人、カタールの244人、アラブ首長国連邦の123人と比べると桁外れに小さいことがわかります。広大な面積を誇るサウジアラビアの16人に比べても人口密度は小さいのです。つまり、この国には大都市はなく、首都のマスカット市でさえ人口約2万人、周辺の首都圏を含めても78万人と決して大都市とは言えません。それ故、近代的な発展はなく、かつての古き良き時代のアラビアの雰囲気を良く残しています。このツアーではもちろん首都のマスカットは訪問しますが、それよりも田舎のオアシス都市、ニズワを中心に観光しました。
 ニズワはハジャル山地の中腹に位置するオアシス都市であり、6世紀から7世紀にかけてはオマーンの首都でもありました。また、1913年〜1959年の間は「オマーン・イマーム国」の首都として、海岸部のマスカットに首都を置く「オマーン・スルタン国」と対立していました。また、この地は古くからナツメヤシやローズ・ウォーターの産地であり、現在でもオマーンで全国的に売られているミネラルウォーター、タヌーフの工場があることでも知られています。この町の中心部にあるのがニズワ・フォート(要塞)です。日干し煉瓦と土で作られた宮殿と城塞、そしてモスクが一体となって巨大な建造物を作り上げています。丸い形の城塞の屋上からは3方向を見下ろすことができ、周辺はナツメヤシのオアシスと日干し煉瓦の古い建物群が広がっています。

ニズワ・フォートの屋上から見たオアシス都市:ニズワ
ニズワ郊外のバハラ・フォート(世界遺産)

 ニズワ郊外には世界遺産のバハラ・フォートやジャブリン城などの城塞などもあり、また、アフダル山の麓にはビルカット・アル・マウズという廃墟の村があります。かつては伝統的なバラ水の抽出やザクロ、クルミ、アンズの栽培、そして養蜂業で栄えていましたが今は寂れて廃墟の町となっていました。
 更にこの地域にはユネスコの世界遺産にも登録されたファラージと呼ばれる古代の水利施設があり、数千年前のものが現代でもそのまま利用されています。もともと砂漠地帯のオマーンにおいては降雨だけに頼っては農業も行うことができません。そこで紀元前から高度な水利施設を作り、遠くの泉から水を供給したのです。このファラージで水浴びをする地元の家族にも出会いました。

アラビックコーヒーとナツメヤシをご馳走になりました。
ファラージで水浴びをする家族

今回訪れた6カ国はそれぞれに特徴があり、印象的な旅でした。

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