【海外】帰国しました。添乗員レポート

【海外】帰国しました。添乗員レポート
2026年04月01日
【帰国レポート】スペイン&フランス バスク巡歴の旅
<2026年3月19日(木)~3月27日(金)9日間 添乗員:大阪支店 吉田千笑>
<2026年3月19日(木)~3月27日(金)9日間 添乗員:大阪支店 吉田千笑>
スペイン北東部とフランス南西部にまたがるバスク地方を9日間かけて巡ってまいりました。大西洋(ビスケー湾)とピレネー山脈に挟まれた豊かな自然を持つバスクは、数千年にわたり独自の言語と文化を確立し守り続けてきた、ヨーロッパでも唯一無二の地域です。実際に足を運んでみると、スペイン側とフランス側で街の雰囲気はずいぶん異なるのですが、赤や緑のバスクカラーに彩られた木枠家屋、サンチャゴ巡礼の宿地、道中の祈りの場として栄えた街々、国境を越えた共通の誇りが感じられました。日本の四国ほどの面積ながら、地形を活かし幾度もの戦争や迫害を乗り越え、文化と習慣を守り抜いてきたバスクの人々の強さと点在する村々を様々な角度から満喫いたしました。
新旧2つの顔をみせる ビルバオ
ビルバオは、現代アートの象徴「グッゲンハイム美術館」を中心とした先進的な新市街と、かつて鉄鋼業と造船で栄えた「カスコ・ビエホ(旧市街)」が共存する、新旧の魅力が融合した町です。
はじめに訪れたのは世界で初めて造られた運搬橋、世界遺産のビスカヤ橋。設計者は、エッフェル塔で有名なギュスターヴ・エッフェルのもとで学んだアルベルト・デ・パラシオ。彼はフランス側バスクのサレ出身で、まさにバスクが生んだ技術者です。皆様にもゴンドラに乗っていただき、わずか2分ほどの乗車で対岸へ。川面を渡る風と足元を流れる水面の近さに、運搬橋ならではの不思議な浮遊感がありました。130年以上休むことなく人々の暮らしを支え続けている「生きたインフラ」をお楽しみいただきました。
鉄鋼・造船業の衰退による荒廃から街の再起を図り建設されたのは、グッゲンハイム美術館。幅30メートル、長さ130メートルの巨大な展示室やリチャード・セラ氏の鉄の彫刻、草間彌生氏の無限の鏡の間、オノ・ヨーコ氏の「願いの木」(オリーブ)などが見どころの現代アートをお楽しみいただきました。最終日の朝には、100年以上の歴史を誇る真っ赤な車体のケーブルカーでアルチャンダの丘へ。あいにくの雨でしたが、次第に沿岸部が晴れ渡り虹が見えました! 展望台からはグッゲンハイム美術館、アスレティック・ビルバオのスタジアム、磯崎新氏設計のツインタワーが一望でき、工業都市から文化都市へと再生を遂げたビルバオの今の姿をご覧いただくことができました。


フレンチバスクの心臓 バイヨンヌ
スペインとの国境から約30キロ、「ニーヴ川」と「アドゥール川」という2つの川が交わる場所にあり、古くから交通と貿易の要所として栄えてきました。海までは約8キロという、バスク文化の中心でありながら海と山の両方に開かれた町でもあります。川沿いから眺める町並み、バスク建築の赤と緑の木枠家屋が連なる旧市街、「サンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼路」の重要拠点として世界遺産に登録されているサント・マリー大聖堂など、町の魅力は様々。


実は、バイヨンヌはフランスにおけるチョコレート発祥の地でもあります。17世紀、スペインでの迫害から逃れたユダヤ人がこの地に移り住み、彼らが持っていたチョコレート製造の技術が伝わったことで、フランス最古のチョコレート生産の町となりました。今回は土曜日の訪問だったため、広場には近郊の農家が持ち寄った産物を売るテントが並び、週末の賑わう市場も訪ねることができました。地元の方々の活気ある声が飛び交っていたのも印象的で、歴史と暮らしが自然に溶け合う、フランスで最もバスクらしい町をじっくりと散策していただきました。


ピレネー山脈の麓に位置する巡礼出発の町 サン・ジャン・ピエ・ド・ポー
サンチャゴ・デ・コンポステーラへ続く約780キロメートルの巡礼路「フランス人の道」。その出発点ともなるこの町は素朴で可愛らしい家並みと、巡礼者を温かく迎える宿場が整えられています。町のメインストリートであるシタデル通りの石畳を上りながら、ホタテ貝の巡礼マークを探すのもひとつの楽しみ。巡礼事務所で町のマップに巡礼スタンプを押してもらった方もおられ、ここでしかもらえない印をお持ち帰りいただくことができました。

中世に基盤が整えられた町の門や石橋、シタデル(要塞)は当時の面影を残し、いまでは多くの巡礼者を迎え入れています。シタデルが建つ丘を登りきると、山バスクの長閑な風景を一望できました。麓には地元の品種イルレギーワインの葡萄畑が連なり、山の斜面には羊の放牧地が広がります。要塞を登り切ったからこそ見られる、この地ならではの「緑(山)バスク」を存分に堪能しました。


美食の町サンセバスチャンは3連泊
今回の旅のハイライト、スペインバスクの美都サンセバスチャンでは、連泊のなかで旧市街散策やバル巡りを満喫いただきました。近年は「美食の町」として世界中から注目を集めますが、もとは19世紀末にスペイン王妃マリア・クリスティーナが避暑地として愛したことから、優雅なリゾート都市として基盤が築かれた町です。その後、19世紀ごろから男性が集まって料理を楽しみ研究する「美食倶楽部」に始まり、シェフが互いに料理を共有し合った「新バスク料理」など、世界一の美食の町と呼ばれるまで発展しました。夜のバルのオープンは19時ごろから。町中が一気に食欲をそそる匂いに包まれます!




周辺の観光ではモンテ・イゲルドの丘へ。標高180メートルの山頂から見下ろすラ・コンチャ湾は、その名の通り貝殻のように美しく弧を描き、真っ青な空と水平線がどこまでもまっすぐに伸びていました。昼食は、ちいさな港町ゲタリアにて。道中、日本人サッカー選手の久保建英選手が所属するサンセバスチャンのチーム「レアル・ソシエダ」のホームスタジアムに立ち寄りました。ゲタリアは世界一周航海を初めて果たした探検家エルカノの生まれ故郷でもあります。特殊な網をつかう炭火焼きが有名なこの町で、大きなイシビラメのグリルをご堪能いただきました。




自由行動でご案内したブレチャ市場で出会った新鮮なオリーブや魚介、もとは修道院だったサン・テルモ博物館の圧巻の壁画など、食・歴史・芸術のすべてが凝縮された町をゆったりと満喫いただきました。


絵画と復興の象徴の町 ゲルニカ
旅の最後に訪れたゲルニカは、バスクの自治と平和を象徴し、そしてパブロ・ピカソが描いた「ゲルニカ」の題材の町です。まず訪れたのは、バスク議事堂。庭園には、代々バスクの伝統として重要な議会や宣誓が行われてきた「ゲルニカの木」(樫の木)があり、古来から最も神聖な象徴として大切にされてきました。雨雲が広がっていた空は晴れ渡り、ゲルニカの木が描かれたステンドグラスに日差しが入って美しく輝いていました。
1937年、この町はスペイン内戦中に史上初の都市無差別爆撃を受けました。かつて学校だった建物の中に残る防空壕や、当時の町の写真、ピカソがパリ万博のために描き上げた大作「ゲルニカ」のレプリカをご覧いただきました。完全なる復興を遂げた現在のゲルニカの街は穏やかで、悲劇の記憶を静かに伝えながら、平和のシンボルとして世界中から訪れる人々を迎えています。






沿岸部、そして山脈の麓という地域柄変わりやすい天候をもちますが、今回は1日のみ雨、快晴が続き日中は暖かな日射しの下観光へご案内できました。
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