2020年9月9日更新

第24回 ドイツ・ベルリン アルテス・ムゼウム(旧博物館)の建物そのもの

 

ベルリン「博物館島」

ベルリン「博物館島」の地図
ドイツの首都に返り咲いたベルリン。かつて東ベルリンと呼ばれた地区を流れるシュプレー川の川中島に5つの博物館があり、この島は「博物館島」と呼ばれています。

5つの博物館とは「旧博物館」、「新博物館」、「旧国立美術館」、「ボーデ博物館」、「ペルガモン博物館」の5つです。その中で最も古い博物館が旧博物館であり、1830年にドイツの有名な建築家カール・フリードリヒ・シンケルが設計しました。

かつてはこの近くに「ベルリン王宮」がありましたが、戦後東ドイツ政府はプロイセン軍国主義の象徴だとして撤去、現在は残っていません。そのベルリン王宮の前の道路を挟んだ向かいに建設されたのが旧博物館(アルテスムゼウム)です。この博物館は国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の蒐集したギリシャ・ローマの芸術品を公開する目的で開館しました。
博物館島「ボーデ博物館」

プロシアの建築家シンケル

19世紀初頭のプロシア(プロイセン)ではブルジョワジーが台頭、芸術について新しい考えを持つようになりました。一般市民も芸術を通じて自己形成が必要だと考えたプロイセン国王は当時の優れた建築家シンケルに命じて王室の美術コレクションを大衆に公開するための王立博物館を建設させたのです。

この博物館の建築様式は「新古典主義」あるいは「ネオ・クラシカル・スタイル」と呼ばれ、1780年〜1850年にヨーロッパを席巻した建築様式です。そして19世紀の初頭、新古典主義建築によってプロシアの近代化の時代に活躍したのがシンケルです。彼は他にも王立劇場、近衛兵所、フンボルト大学の南のアカデミー広場の中央に位置するシャウシュピールハウス(国立劇場)の建物などを建設し、ベルリンの景観を一変させました。そして、彼の建築の最高傑作ともいえるのがアルテスムゼウムです。

シンケルはアテネのエレクティオンを参考にしたイオニア様式の円柱18本を正面に並べ、ローマのパンテオン型のドームを組み込みました。つまり古代ギリシャ・ローマ時代の建築を模倣あるいは昇華して近代建築を作り上げたのです。

 

世界遺産アルテスムゼウム

アルテスムゼウム(旧博物館)
ブランデンブルク門
1841年、国王のフリードリヒ・ヴィルヘルム4世はシュプレー川の中州の北部全体を「芸術と科学の聖域とする」という国王令を発布し、現在の博物館島の基礎を築きました。そして1845年、「王立博物館」は「アルテスムゼウム(旧博物館)」と改称され今に至っています。1999年にはアルテスムゼウムは博物館島のその他の建造物と共に、ユネスコの世界遺産に登録されました。


ベルリンの町には他にも1898年に建設された新古典主義建築「ブランデンブルク門」などもあります。ドイツではドレスデンの町が「バロックの都」と呼ばれるのに対し、ベルリンは「新古典主義建築の都」と呼ばれています。

 

 
次回は第25回 徳島県鳴門市・大塚国際美術館 世界の名画が集結・ゴッホの「7枚のヒマワリ」をご紹介します。お楽しみに!
次回更新予定:9月16日(水)

東京支店:中屋雅之


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