2018年12月10日更新

長崎 島民の生活に寄り添う教会群

今年、長崎県と熊本県に点在するキリシタン関連の史跡が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として、世界遺産に登録され、注目を浴びています。

日本のキリスト教の歴史は1549年、フランシスコ・ザビエルによる宣教活動とともに始まり、キリシタン大名らの庇護もあり、とくに現長崎県を中心に広く伝播しました。1612年に禁教令が発せられたのち、信仰を守り「潜伏キリシタン」となった人々は、禁令の解かれる250年余の間、彼らの信仰の形を仏教や神道にカモフラージュさせながら、守り継いできたのです。 今回は五島列島を中心に、禁令後の教会建設や信徒の生活に尽力した人々や、今も人々の生活とともにある教会群をご紹介しましょう。


教会堂建築に 情熱をかけた鉄川与助
鉄川与助が建設した大曽教会
キリスト教が解禁となったのは1878年ですが、それより前の開国とともに外国人宣教師が来日し、日本各地で布教活動が行われていました。長崎や五島列島などに潜伏していたキリシタンたちが世に出るきっかけとなったのは1865年、長崎市大浦で布教活動を行っていたフランス人宣教師ベルナール・タデー・プティジャン神父による「信徒発見」でした。プティジャン神父はこの報をローマに書き送り、これが日本のキリスト教解禁につながっていったのです。

宣教師たちは布教活動とともに各地で教会堂の建築を行います。そして彼らの技術を学び、数々の教会を建築した日本人建築家の一人が鉄川与助(1879年-1979年)でした。

現新上五島町の大工であった与助は1899年、曽根天主堂の建設現場で初めて西洋建築にふれ、天主堂の建築を指導していたペール神父からリブ・ヴォールト天井の工法など、西洋の教会特有の技術や設計を学びます。与助自身は仏教徒でしたが、日本の常識とはまるで違う海外の技術を目の当たりにし、職人としての心が刺激されたのでしょう。鯛ノ浦天主堂や桐ノ浦天主堂などの教会建設に加わりながら職人として経験を積み、1907年に自身の設計・施工による初めての教会・冷水天主堂(上五島町)を建てます。木造瓦葺の教会は日本らしい素朴な味わいで、これを皮切りに与助は初の煉瓦建築である野首天主堂(1908年)や現在重要文化財に指定されている青砂ヶ浦教会(1910年)、大曾教会(1916年)など、生涯で約50棟の教会を建設しました。


信徒の生活を支えたド・ロ神父

与助の建築に影響を与えたもうひとりの神父が、長崎市外海で福祉活動に尽力し、日本で生涯を終えたマルク・マリー・ド・ロ神父(1840年-1914年)でした。
ド・ロ神父像
フランスの貴族であるド・ロ神父は、1868年に来日。1878年には長崎市の出津教会主任司祭となり、石版印刷技術のほか農業、医療、土木建築、養蚕など、幅広い技術と知識を駆使し、貧困にあえぐ地元の信者たちのために孤児院や診療所を開設したり、救助院を設立して人々の救済に努めました。救助院の女性たちには織布、編物を教えたほか、土地の人たちにフランスから小麦を取り寄せて素麺やマカロニ、パンの製造などを指導。マカロニやパンは外国人居留地に向けて、素麺は特産品として販売するなど、地域の経済活動にも尽力したのです。ド・ロ神父の功績は人々の尊敬を集め、このとき住民に教えた素麺は「ド・ロさまそうめん」として、今でも外海の特産品となっています。

ド・ロ神父は1914年に亡くなりますが、最後の仕事が長崎市大浦天主堂の隣に立つ大司教館の建設でした。ド・ロ神父が設計し、与助が建てた司教館の建築を通して、与助は新たな技術を学んだといいます。大浦天主堂と司教館をはじめ今ではド・ロ神父記念館となっている救助院や出津教会堂、旧羅典神学校なども世界遺産を構成する史跡となっています。


島の生活とともにある教会群
井持浦教会のルルドの泉
現在長崎県内には131棟の教会があるといわれていますが、五島列島にはそのうち約4割に当たる52棟の教会があり、五島列島のキリシタン人口の多さがうかがえます。これは1797年に長崎県外海地方から受け入れた開拓移民が、いわゆる隠れキリシタンであったことによります。数次に渡る移民で五島列島に渡ったキリシタンたちは、「辺境」の島々で集落をつくり彼らの信仰を伝承します。険しい山並みなど起伏に富んだ地形は、隠れ住むにも格好の地だったのです。

現在五島列島に点在する教会群は明治時代の解禁後に信徒たちが私財を投じて煉瓦や瓦石材などの資材を調達して建てたものです。丸いドームを戴いた石造りの頭ケ島教会、すらりとした木造スタイルが美しい中ノ浦教会堂、民家のような瓦葺の若松大浦教会堂などその外観は様々で、さらに内部は欄間など和建築の技術が用いられている折衷様式のものもありますが、どの教会も地域の人々に大切に守られ、ステンドグラスや祭壇などに飾られた島のシンボルである椿の花ともども、一歩そこに入るだけで人々の生活に密着した素朴で温かい雰囲気が感じられます。訪れた際には朝夕に祈りを捧げる人々の姿とともに、人々の生活とあるその空気をぜひ、感じてみてください。

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主な参考文献
■別冊太陽『日本の教会を訪ねて』(八木谷涼子・編 平凡社 2002年)
■別冊太陽『日本の教会を訪ねてⅡ』(八木谷涼子・編 平凡社 2004年)
■『祈りの島五島列島』(イーズワークス 2016年)
■『天主堂建築のパイオニア・鉄川與助』(喜田信代・著 日貿出版社 2017年)
■『キリシタン街道』(堀江克彦・写真/松倉康之・文 PHP研究所 1986年)