2015年3月27日更新

ザクセン公国とマイセン磁器(後編)

マイセンのアルブレヒト城に王立の磁器製作所が設立されました
前編はこちらから

国の財政に寄与したマイセン磁器  

ドレスデンから西へ30キロメートルほど向かうと、エルベ川の奥に白い壁がまぶしいアルブレヒト城が見えてきます。前述のエルンストとアルブレヒト兄弟のために建てられた城です。その紋章から「剣の都」とも呼ばれるマイセン。マイセンと聞けば、誰でもクオリティの高い磁器を思い浮かべることでしょう。人形のスカートのレースまで表現する繊細なマイセン焼の街です
 
マイセン磁器。ザクセン公国時代、その製造方法は門外不出でした ©ドイツ政府観光局
マイセンはドレスデンの富の源泉のひとつとして、大きな役割を果たしました。大航海時代、ヨーロッパ社会の憧れだったのが、東洋からもたらされた磁器でした。当時、ヨーロッパの国々には、硬くて壊れにくい磁器を生産する技術がなく、各国が競って東洋と同じような磁器を作ろうと研究を重ねていました。  

手工業や商業を優遇する政策を推進していたアウグスト強王も磁器の開発に力を入れたひとりです。王はアルブレヒト城の中に王立の磁器製作所を設立し、錬金術師のベドガーに開発を命じました。ベドガーはそれまでヨーロッパの炉で焼かれていたよりもっと高い温度で粘土を焼き、泥の成分を溶かし、新しい物質へと変化させる白磁の大発見を成し遂げました。
 
ドレスデンの見どころのひとつ。マイセンのタイルで造られた「君主の行列」
このとき、製造方法の秘密が外部に漏れないように厳重な体制が敷かれました。その厳しさは、責任者のベドガーが城内に幽閉されていたといわれるほどです。

街の近くには、磁器の材料となる土カオリンを容易に採掘できる鉱山があり、材料・製品の輸送にはエルベ川の水運が活用されました。こうした周辺の環境も助けになって、ついに1709年、マイセン磁器が日の目を見ることになったのです。

この王立磁器製作所はその後150年以上にわたって魅惑のマイセン焼を作り出し、ドレスデンがヨーロッパにおける技術と芸術の中心地のひとつとして発展する契機になるとともに、国の財政に大きく寄与することとなりました。
 
マイセンには美しい町並みが広がります 
©ドイツ政府観光局
ザクセンの囚人が恐れた要塞  

もちろん、マイセンの魅力は磁器だけにとどまりません。エルベ川とその奥に広がる旧市街、アルブレヒト城、大聖堂など、街中には旅情溢れる風景が広がっています。マイセン磁器で作られた37個のカリヨンの音色を楽しんだり、地産地消を地でいく幻のマイセンワインに舌鼓を打ったりなど、この街では豊かな楽しみが待っています。  

1945年の空襲で街のほとんどが破壊されたドレスデンですが、奇跡的に残ったものもあります。2万5000枚ものマイセン磁器のタイルを使い、ザクセン代々の選帝侯や国王35人を描いた102メートルにわたる壁画「君主の行列」です。壁画が描かれているのは、王侯貴族の前で中世の騎士が馬上試合をしたシュタルホーフ(武芸競技場)の外壁。その中には、馬にバラの花を踏ませているアウグスト強王の姿もあります。
 
蘇った聖母教会 ©ドイツ政府観光局
アウグスト強王は1733年に没しましたが、その息子アウグスト三世も美術品の収集に熱中しました。質・量ともに世界有数のコレクションを誇るアルテ・マイスター絵画館の美術品の大半は、この王がドレスデンに集めたものです。珠玉の名画を目のあたりにすれば、当時のザクセン公家の財力と芸術を見極める審美眼に、あらためて気づかされることでしょう。  

やがて、1756年から1763年の七年戦争によって、アウグスト時代は70年で終わりを迎えます。戦争のさなか、ドレスデンは現在のドイツ北部からポーランド西部を領土としていたプロイセン王国の攻撃を受け、人口の3分の1が失われたといわれています。

勝利したプロイセンのフリートリッヒ大王はザクセンを占領こそしなかったものの、一般民衆を含むザクセン国民から過酷な税金を徴収し、これが後世までザクセンとプロイセンの関係に影を落とすこととなりました。アウグスト三世は1763年に没し、ポーランド国王の地位も失われてしまいました。  

1806年に神聖ローマ帝国が解体し、ザクセン王国が成立した後は、ドレスデンはその首都となります。第二次世界大戦後は東ドイツ領となり、ライプツィヒなどと並ぶ工業都市として発展しました。がれきのまま放置されていたフラウエン・キルヒェ(聖母教会)の再建には、世界中から多額の寄付が集まり、2005年に工事が完了しました。

がれきから掘り出したオリジナルの部材をIT活用で可能なかぎり元の位置に組み込む作業は、「ヨーロッパ最大のジグソーパズル」と評されました。新しい部材との組み合わせがモザイク模様を描き出しているこの建物は、新しい名所となっています。  

なお、ドレスデンからエルベ川に沿って20キロメートルほど南東に行ったチェコ国境近くに切り立った岩山が連なるザクセン・スイスがあります。その崖上360メートルにそびえるのが、ケーニヒシュタイン要塞です。難攻不落で、戦争中は最も確実な王の逃避場所だった一方、ザクセンの囚人たちにとってはここに送られることが最大の恐怖だったそうです。大迫力の絶景も、そんな壮大な歴史を知ればまた違う感動が生まれてくるから不思議です。

主な参考文献
ドイツの歴史/新ヨーロッパ中心国の軌跡 (木村靖二編  有斐閣  2000年) 
ドイツここが見たい!10都市紀行 (文・写真/相原恭子 東京書籍 1999年)