2018年9月27日更新

プラナカン–– 東南アジアを動かす謎の民

アジアの「謎の民」に気鋭の新聞記者が迫る

マレーシアやシンガポールを訪ねると、「プラナカン」という言葉とともに、色鮮やかなパステルカラーの雑貨に出会うでしょう。プラナカンとはマレー語で「その土地で生まれた子」という意味で、一般的には中国大陸から渡ってきた華人とマレー人とが文化的に交わり、婚姻関係を結んだ人々の子孫を指します。しかし実のところ、その実態はヴェールに包まれています。シンガポール駐在の日経新聞記者が、この謎の民に迫りました。

プロローグはリー・クアン・ユー。シンガポールの初代首相を31年にわたって務めた、同国建国の父が、プラナカンだったといわれます。ただし彼は多民族の結束を訴え、また独立を主張するうえで、英国との関係を希釈化するためにも、その過去を封印しました。華人であって華人でないプラナカンは多民族で構成される東南アジアの国々にあってグレーゾーンの存在なのです。

著者はプラナカンのアンティークを集めたシンガポールの私設美術館のオーナー、マラッカのババ・ニョニャ・ヘリテージ博物館のオーナー、マラッカの通称、億万長者通りに昔ながらの屋敷を残す実業家に取材し、さらにプラナカンの糸を手繰りながらインドネシアへ、タイへ。そしてわかったのは、タイで取材したプラナカンの曾祖父は『王様と私』のモデルになった英語の家庭教師をラーマ四世に推薦した国王の側近であり、その子は、著者も知るASEANを設立した著名な外務大臣だったのでした。
見えてくるのは、英・蘭と手を結んで財を成し活躍したプラナカンの姿です。もともと故郷を飛び出し、新天地を目指したのが彼らでした。機を見るに敏の身のこなし、中国、マレー、欧州に接し生まれたハイブリッドな文化と高いセンスは、今を生きるプラナカンにも脈々と受け継がれています。

雑貨や料理といったソフトパワーのみが紹介されるプラナカンですが、東南アジア躍進の陰に彼らのハードで、スマートなパワーが働いていたことがあぶり出されていきます。「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞の日経記者が描くと、プラナカンがこうなるのかという一冊。プラナカンを見る目が変わります。


『プラナカン-東南アジアを動かす謎の民』 著/太田泰彦 日本経済出版部 1800円+税