町並み百選

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2021年06月10日

神武東征の港町 美々津の町並み

プランニング事業本部 吉田義和

今週になって急に”夏”という気温になってきました。そんななか、以前飫肥(おび)の回でご紹介したジャカランダを見に、宮崎に来ております。今回は飫肥と並ぶ宮崎の重伝建、美々津(みみつ)をご紹介します。

神武東征伝説の地

宮崎には古事記や日本書紀に記された神話の地が多く残ります。天岩戸伝説の残る高千穂や、神武天皇を祀る宮崎神宮、青島神社や鵜戸神宮などは今でも多くの参拝客が訪れます。そんな中で美々津は、初代天皇である神武天皇が九州の地を出て船出し、大和の地を目指した船出の地という伝説が残っています。日本書紀の「神武東征」という物語です。神武天皇を祀る立磐神社の神域には神武天皇の腰掛岩や、神武天皇が編成した船団に因み、海軍出身の総理大臣、米内光政揮毫の「日本海軍発祥の碑」が残ります。もともと美々津という名前も、「御津(天皇の港)」が変化したものと言われています。町中にも神武天皇の御船をかたどった装飾が各家の郵便受けに残っています。

神武天皇の腰掛岩
各家々に残る神武天皇の御船装飾

東九州を代表する交易港

江戸から明治にかけて美々津には多くの廻船問屋が並び、「美々津千軒」と言われるほど栄えました。耳川沿いに内陸の木材などをここで船積みし、日向灘をわたって瀬戸内や堺まで交易を行っていたそうです。明治期、宮崎市が県庁になる以前はここ美々津に県庁があり、美々津県が設置されるなど東九州の商業の中心でした。その後、日豊本線や国道の建設によって、帆船が主だった美々津の商業港としての役割は廃れ、古い町並みだけがひっそりと残ったのです。

現在の美々津の町並み
かつての石畳が残る路地

日向灘の風を感じるのどかな港町

現在の美々津の町は、そんなに広くはなく、小一時間もあれば十分に回れる規模。重伝建ではありますが、そこまで規模が大きい、というわけではありません。しかし、江戸から続く廻船問屋の屋敷や、平屋の家々が並び、その路地に日向灘からの風が爽やかに吹き付けるのどかな雰囲気はとても心地よいものです。美々津の町は、上町通り、中町通り、海岸通りの3つの通りからなり、それぞれの通りにかつての商家が並びます。途中に3つの「ツキヌケ」という路地があります。これは、3本の通りを縦に突き抜けて作られた路地で、火災の時に延焼を防ぐ目的で造られ、その合間には共同井戸が設えられています。ツキヌケを歩くと、路地の奥に日向灘がチラリと見え、風が海から吹いてきます。かつての廻船問屋は今は一部資料館として開放されていますが、今でも暮らしている家屋も多く、日常生活の姿も垣間見える、造られたものではない等身大な雰囲気の古い町並みです。

海まで続くツキヌケの路地
かつての廻船問屋 現資料館
暑い日にラムネや氷ののぼりが涼を誘う
畳式の縁側や、扉の肘木に職人の業が光る

宮崎名物「なんじゃこら」シリーズに挑戦

宿泊した宮崎では、試してみたかった「なんじゃこら」シリーズに挑戦。月曜のコラムで「東京大福事情」が語られていましたが、宮崎の大福は一味も二味も違うのです。それが宮崎を代表する菓子店「お菓子の日高」の「なんじゃこら大福」です。巨大な大福の中にイチゴ、栗、クリームチーズなどがずっしりと入るビッグサイズの大福です。ひとつ食べれば大満足。宮崎の名物大福です。それだけでもすごい「なんじゃこら」ですが、さらにビッグサイズなのが店舗でしか買えない「なんじゃこらシュー」です。シュー生地のなかに小倉生クリーム、カスタード、イチゴ、栗、クリームチーズが入った重量級。お値段680円と日本一高いシュークリーム?を自負しています。

宮崎名物「なんじゃこら大福」クリームチーズと栗とイチゴ入り
巨大な「なんじゃこらシュー」1つ食べれば食事いらずです。

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