町並み百選

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2021年04月22日

鮭と共に生きる 道東標津の町並み

プランニング事業本部 吉田義和

町並み百選初の北海道は、標津(しべつ)です。昨年、標津・根室・別海・羅臼共同で提案した『「鮭の聖地」の物語~根室海峡一万年の道程~』が日本遺産に登録され、注目を浴びている訪問地です。古くから日本有数の鮭の産地であり、豊かな自然に囲まれた道東・標津の魅力をご紹介します。(突然の北海道ですが、ちょうど4月22日現在標津に来ておりますので、昨日撮影した写真と共にお伝えさせていただきます。)

鮭とともに歩む町「標津」

標津という地名は、もともとアイヌ語の「鮭のいる(多い)所」という意味。縄文時代の遺跡からも多くの鮭の骨が出土しています。江戸時代になると、北海道と千島列島を結ぶ航路上の重要地点として、標津や野付半島が栄えます。今は人の住まない野付半島の突端に、道東一の歓楽街があった、というから驚きです。野付の繁栄ぶりは、別海町の加賀家文書館に行くとよくわかります。当時番所に仕え、労働を担ったアイヌ民族との通訳などで代々活躍した加賀家が残した当時の帳簿やアイヌの暮らしを描いた文書からは、当時の様子が浮かび上がってきます。標津の鮭は将軍にも献上され、鮭といえば越後の村上か蝦夷の標津か、というほど全国に名を轟かせていたそうです。代々鮭と共に暮らしてきた標津の人たちは、鮭の食し方も素晴らしい技術を持っています。鮭料理の店「武田」で食べた「鮭のフルコース」は、カブト煮や氷頭といった頭の部分から身(スモークサーモンやルイベ)、そしてメフン(膵臓の塩辛)やチュウ(胃の塩辛)、いくらに白子と、鮭を余すことなくいただく伝統料理でした。標津を訪れた際はぜひ訪れていただきたい名店です。

江戸時代、将軍家に献上された標津の鮭
江戸時代に加賀家が作成したアイヌ語の辞書
アイヌの伝統を記録した貴重な加賀家文書
郷土料理「武田」鮭のフルコース

標津・別海は自然の宝庫

まだ緑の少ない早春の道東ですが、バスからは多くの動物を見ることができ、そのたびにバスからは歓声が上がります。のんびりと牧草を食むホルスタインはもちろんですが、かわいらしいキタキツネや、迫力の大きさを誇る丹頂鶴、海辺を駆けるオジロワシ、エゾシカなど、バスの左右に現れ、旅を盛り上げてくれています。印象的な自然も堪能。日本最大の砂嘴である野付半島のドライブでは、森が海に沈み立ち枯れたミズナラ林の幻想的な風景「ナラワラ」を訪れました。さらに奥地のトドワラとあわせ、映画や元ちとせさんの「ワダツミの木」などプロモーションビデオにも登場する絶景です。

日本最大の鳥類、丹頂鶴も間近に。4月21日撮影
別海町の海岸を飛ぶオジロワシ。4月21日撮影

幻想的なナラワラの光景。(夏、背景の木々が緑になると、より映えます)

地球が丸く感じられる展望台「開陽台」

山がちな本州ではなかなか見ることのできない、360度の地平線。それを眺められる日本でも稀有な場所が中標津にあります。「開陽台」です。牧場が多い為「ミルクロード」と呼ばれるどこまでも続く一直線の道の先にある小高い丘。ここに立つと、果て無く広がる牧草地や防風林、道東の山々を見渡すことができます。天気が良ければ北方四島の国後島も。時間を忘れて立っていたい場所です。ここから見える景色に、「北海道遺産」があります。格子状防風林です。幅180メートル、総延長648キロメートルの格子状の林は、明治期にアメリカの農務局総裁であったホーレス・ケプロンが政府に請われて来日した際に提唱したもの。政府の高官以上の高級で迎えられたというケプロンによって、根釧台地の開拓は発展を遂げました。そんな歴史をこの風景から感じることもできるのです。

開陽台から望む北海道遺産「格子状防風林」
360度の絶景が楽しめる開陽台

標津のスーパーはやっぱり「鮭」

中標津でスーパーを訪れる機会がありました。鮮魚コーナーには根室海峡で獲れた魚が並びますが、メインはやはり「鮭」コーナーでした。切り身はもちろん、新巻鮭、新鮭、鮭とば、鮭節に至るまで、様々な鮭の食材が並んでいました。鮭は今も地元の人々の暮らしに寄り添っているのだと、スーパーからも感じ取ることができました。

中標津のスーパーにて。鮭コーナーがたくさん。
標津産の鮭が並びます。

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