歴史ある風景

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2021年03月23日

愛媛・松山を支えた2つの「みなとまち」

本社 プランニング事業本部:乗田憲一

愛媛・松山は、国宝・松山城を中心とした町並みと道後温泉、また夏目漱石の『坊ちゃん』、などで知られています。内陸のイメージがありますが、実は町の発展を支えたのは、海に面した港町と少し「内陸」の湊町、ふたつの「みなと」の存在だったのです。

松山市の中心にそびえる山に建つ松山城
日本書紀にも登場する歴史ある道後温泉。本館は大変レトロな造り。
夏目漱石「坊ちゃん」の中では、マッチ箱のような汽車として登場する可愛らしい列車です。

400年前、戦国武将・加藤嘉明は松山平野を見晴らす勝山に城を構え、「松山」と名付けます。暴れ川だった湯山川(現・石手川)の流路を南に移して天然の外堀とし、城下町を形成し大きく発展しました。

松山城天守閣からは三津を望めます。

往時の建物は僅かですが、地割りはほぼ江戸時代のまま。そこには確かに歴史の足跡が残されています。伊予鉄松山駅近く、古くからの商店街銀天街の辺りには、「湊町」「千舟町」の地名が東西に帯状に続きます。平行して流れる中の川は三津の港と結ばれており、かつて商人たちはこの水運を利用して特産品を運びました。小舟が数珠つながりになって中の川を行き来する。湊町、千舟町の名はこれに由来します。

渡し舟は今も市民の大切な移動手段として活躍中です。

小舟で運ばれた荷は三津の港へ。三津は古来より瀬戸内海の海上交易の要衝で、船奉行所もおかれ、松山の玄関口でした。参勤交代のお殿様もここから船に乗って、江戸へ。のちに漁業、商業港として発展、明治期には銀行や倉庫が立ち並び、大いに繁栄しました。

現在の三津にはかつての倉庫や建物を改装したカフェや雑貨店などが点在。室町時代から続く渡し船も風情たっぷり。コーヒーを飲みながら、お殿様が参勤交代へ出ていく様など想像しながら過ごすのが私のお気に入りです。

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