歴史ある風景

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2021年02月09日

水の都・松江 その始まりと受け継ぐものたちの想い

本社:プランニング事業本部 乗田憲一

宍道湖と中海を結ぶ大橋川、そして松江城を中心に規則正しく巡らされた堀割り。改めて松江の地図を眺めると、「水の都」と謳われるのもよくわかります。この美しい町の礎を築いたのは松江藩の開祖、堀尾氏でした。

関ヶ原合戦後、家康から出雲・隠岐24万石を拝受した堀尾氏は、当初、月山富田城に入城。難攻不落と言われた山城ですが、城下町を築くには難しく、堀尾氏は拠点を移すことを決めます。選んだ場所は水運の便の良い松江。ですが町として広げるには程遠い湿地が広がっています。普通の大名なら選びません。松江に住む人ですら、そんな工事は絶対できないと思っていたようです。でも堀尾氏は豊臣秀吉も認めた普請上手。自分ならできると踏んだのでしょう。短期間で成し遂げ、その実力を見せつけたのです。しかも、白潟の商人たちが既に形成していた流通と商業の経済圏は保存したまま、本当に湿地を開拓して武士の居住区をつくって消費地とし、有機的につなげたことは街づくりとしても、政治的にも見事なものでした。

現在の住宅地図と、江戸時代の城下絵図を比較しても、堀や町割りはほとんど変わらず、城を中心として町があり続けてきたことがよくわかります。

松江城の最上階からは360度の展望が開け、松江市街や宍道湖を一望できます。歴代藩主が見たのと同じ、爽快な眺めです。ある意味、奇跡的な光景なのかもしれません。

松江堀川遊覧船から見た塩見縄手
松江城©松江観光協会

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