2018年5月11日更新

ドナウ、ライン、ボルガ 3つの川にまつわる音楽の話

いつの時代も文明の出ずる場所には大河がありました。水は人が生きるうえで、よりどころとなるもの。人と川の密接な関わりから多様な芸術も生まれました。音楽もまた然り。今回は、ヨーロッパ大陸を流れる3つの大河と、それぞれにまつわる音楽を紹介しましょう。


祖国を励ます歌だった 『美しく青きドナウ』

ヨーロッパ横断する大河といえば、ドナウ河です。ローマ帝国時代には、防衛上の境界線としてドナウ沿岸に多くの砦が築かれ、こうした要塞がやがて都市に発展していきました。ウィーン、ブダペスト、ベオグラードといった各国の首都は、まさにかつての要塞都市です。もちろん交易の道としても大きな役割を果たしてきました。
ブダペストを流れるドナウ河
そんなドナウ河周辺では、とくに中世以降、多様な文化が生まれます。「ドナウ」の名のつく芸術といって日本人が真っ先に思いつくのは、ワルツの名曲『美しく青きドナウ』ではないでしょうか。曲名を聞けば、あのゆったりとした川の流れに通ずる優雅な音楽が自動的に頭の中で流れだす、という人も多いでしょう。

この曲を作曲したのはヨハン・シュトラウス二世。「ワルツの父」といわれたヨハン・シュトラウス一世を父にもつ彼は、のちに「ワルツ王」と呼ばれる名作曲家となります。

この曲は、プロシアとの戦いに敗れた祖国オーストリアを勇気づけるべく、彼がウィーン男声合唱協会の依頼を受けて書いたもので、合唱曲として歌われていましたが、当初の評判は芳しいものではありませんでした。しかしその後、管弦楽曲として編曲されたものがフランスなどで評判となると、逆輸入され、やがてオーストリアの「第2国歌」といわれるほど親しまれる存在になります。毎年恒例のウィーン・フィル管弦楽団のニューイヤー・コンサートでもアンコールの定番曲になっています。

ウィーンの地下鉄ネストロイ・プラッツ駅の近くにはシュトラウス二世が暮らした家が残されていますが、『美しく青きドナウ』は、ここで作曲されたといわれています。

 
ライン河の水の精 魅惑のローレライ

ヨーロッパでドナウ河に次ぐ長さを誇るのがライン河です。古来ヨーロッパ中央部において、南北を結ぶ重要な水路であり続け、今も多くの船が行き交っています。

ラインの流れは穏やかなことで知られます。「母なるドナウ」に対し、「父なるライン」と呼ばれるのは、年間を通じて水量が安定していて力強く流れるためかもしれません。ゆるやかに蛇行する河の両岸に広がるのは、のどかなぶどう畑や優雅な古城、中世の趣を今に伝える古都などが織り成す美しい光景。なかでも「ロマンチック・ライン」と呼ばれる中流域の美しさは世界的に知られ、世界遺産にも登録されています。
ライン河クルーズの名所、ローレライ
有名なスポット「ローレライ」が位置するのもこの地域です。ローレライとは、水面から132メートルの高さまで突き出た大きな岩のこと。穏やかな流れで知られるライン河ですが、このローレライの岩の辺りでは川幅が狭まり、流れが急になります。そのため難所として昔から恐れられ、遭難する船が少なくありませんでした。世界に知られる歌『ローレライ』は、この地にまつわる乙女の伝説から生まれました。不実な恋人に絶望し、ライン河に身を投げて水の精になった若きローレライは、岩に腰をかけ、髪をすきながら美しい歌をくちずさみます。その声は船頭たちを幻惑して舟は次々遭難し……。この物語は、川沿いの町デュッセルドルフ生まれの詩人ハインリッヒ・ハイネが詩に書いたことで一躍有名になります。1838年、ドイツの作曲家フリードリヒ・ジルヒャーが作曲した『ローレライ』の歌詞にこの詩が採用され、さらに広く知られるようになりました。日本でも、「なじかは知らねど心わびて」で始まる近藤朔風の訳詞が付けられ、唱歌として歌われてきたので、ご存じの方も多いでしょう。


ロシアの母なる川 ボルガの舟引き歌

ヨーロッパ大陸最長の川が、全長3690キロメートルのボルガ河です。モスクワ北西にあるバルダイ丘陵を源流とするこの河は、モスクワ川をはじめとする川や湖をいくつもの運河や水路でつなぎ、広大な水系を構成します。鉄道の普及によって陸路が移動や物資の輸送の主流になるまで、ロシアの人々の生活を支えていたのは、このボルガ河水系でした。すべてを生み出し、人々の心のよりどころになってきたという意味で、この川もまた「母なる川」と呼ばれます。
ボルガ河と夕日
 ボルガ河にまつわる文学作品や絵画も数多く生まれました。音楽も例外ではありません。最もよく知られる曲に『ボルガの舟歌』があります。日本語では「舟歌」と紹介されることが少なくありませんが、本来は「舟曳き歌」です。「舟曳き」とは、川を下った船やはしけを上流に戻すために、陸地から綱などで曳いて歩くこと、もしくは曳く人たちのことをいいます。ロシア最大の内陸水路だったボルガ河では、動船が普及するまで大掛かりな舟曳きが行われており、ロシアの画家イリヤ・レーピンの作品『ボルガの舟曳き』には、苦しい表情で舟を曳く労働者たちの様子が描かれています。  

『ボルガの舟曳き歌』は、こうした曳き手の農民たちが厳しい労働の中で生み出した労働歌でした。それを19世紀後半のロシアで活躍した作曲家集団「ロシア5人組」の一人、ミリイ・バラキレフが採譜し民謡集の中で発表。その後、ロシア出身のオペラ歌手フョードル・シャリアピンによって広められたといわれています。

「父」「母」として親しまれ、そして崇められてきた大河。沿岸の人々に思いを馳せれば、その流れはまた別の表情を見せてくれるかもしれません。


主な参考文献
■『ドナウ・ヨーロッパ史』 (編/南塚信吾 山川出版社 1999年)
■『ライン川を巡る旅』 (著/紅山雪夫  実業之日本社 2004年)
■世界の民謡・童謡 http://www.worldfolksong.com/index.html