2018年1月24日更新

ソング・オブ・サマー 真実のディーリアス

著/エリック・フェンビー 訳/小町 碧 監修/向井大策 アルテスパブリッシング

フランスの田舎町で紡がれた
若き、そして老音楽家の日々  



英国の作曲家フレデリック・ディーリアス(1862-1934)。耳慣れない人物ですが、最晩年に病で全身麻痺と失明にありながら、若き音楽家エリック・フェンビー(1906-1997)の助けを借り、口述筆記で作曲を続けた人物です。映画監督のケン・ラッセルは2人の交流をテーマにドキュメンタリー番組『ソング・オブ・サマー』を制作。これは1970年にNHKで放送されたので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。

本書はフェンビーによるディーリアスと過ごした約6年間の記録で、『ソング・オブ・サマー』の、いわば原作本。音楽家の伝記というよりは、22歳で敬愛するディーリアスの住むフランスの「グレー」ことグレー・シュル・ロワンで過ごしたフェンビーの、「青春回顧録」ともいえるかもしれません。

「音楽家ディーリアスは人間ディーリアスより偉大であった」とフェンビーが述べるように、不信心で傲慢な老人と、信心深く繊細な青年の生活は様々な葛藤はあれど、音楽に対する思いは真摯。楽譜の口述筆記の一場面はまるで真剣で斬り合うようなスリリングさが伝わります。

この生活に静かな存在感を放つのがグレーなる村の存在です。パリから1時間ほど、フォンテーヌブローの南にあり、森を挟んで北側には画家ミレーが拠点としたバルビゾンがあります。ディーリアスらが住むグレーも画家たちが好んで訪れる地で、村のホテルはコローをはじめ、画家たちのたまり場になっていたとか。「グレーの魔法にかけられたら、ほかで生きていくことはできない」(要約)と書かれるとおり、木漏れ日が輝く細道や橋、自動演奏オルガンが鳴り響く村祭りの様子など、田舎町の生活風景はBGMのように随所に瑞々しく描かれ、2人をつないでいたのは音楽と、グレーの美しさかもしれないと思えてきます。

ディーリアスはグレーに埋葬されることを望めど叶わず英国に眠り、フェンビーも英国で次なる人生を送りました。現在グレーの彼らが過ごした家にはディーリアスのプレートがかかるそう。グレーで口述筆記された『夏の歌』を聴きながら訪れてみたいと思わせられます。

( 『WORLD旅のひろば』2018年1月号World Book Selection)