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| 信濃 貴宣 |
出発日 |
1月19日 |
帰国日 |
1月29日 |
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真冬の日本から灼熱の太陽が照りつける西アフリカへ添乗に行ってきました。砂漠化の進行が激しい黄金の都トゥンブクトゥや、ニジェール川の宝石と呼ばれるジェンネの観光を終えて、私たちが向かった先はモプティの南東にあるバンディアガラの断崖でした。ここには、独特の宇宙観と神話に包まれたドゴン族の住む集落が、断崖に寄り添うように散在しています。未舗装の道路をしばらく走るとタマネギ畑の緑が視界に飛び込んできて、ようやくドゴンの集落が近いことを知らされます。サンガの町でバスを降りて少し坂を下り、花崗岩の断崖から下を眺めると、そこには苦しい生活を送ることになろうともイスラム教化される事を潔しとしなかったドゴンの集落が広がっていました。麓の集落まで行くためには岸壁に沿って石の階段を下ります。決して楽な道ではないのですが、集落には泥で築かれた穀物倉庫があったり精霊信仰により作られた仮面がぶら下がっていたりと、現代社会がとても介入できないような謎の民族社会を垣間見ることができました。(写真:ドゴン族の仮面のダンス サンガにて)
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| とぎ谷 益朗 |
出発日 |
1月17日 |
帰国日 |
1月24日 |
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1月23日はネパールの暦で日本の大安に当たる日。古都パタンの散策をしていると、着飾ったネワール族の少女たちが寺院の前で盆を前に置いて座っていました。大人たちはその盆の中にお菓子を入れて祝福し、記念撮影をしている親もたくさんいます。「ネワール族の女性は2度結婚する」と言われ、これは1度目の結婚“イヒ”の儀式です。ネワール族の少女が必ず経験する儀式で、ベールと呼ばれる非常に硬い果物と結婚することで、本来の結婚も強い男性と結ばれるのだそうです。ネワール族の少女は、この“イヒ”の前に“グファ”という儀式を行います。グファは3〜5歳の少女が対象で、約1週間ほど日の当たる場所に一切出ないようにすることで 、外界の様々な現象に対する好奇心を培うことができると信じられています。“イヒ”は、その“グファ”を終えてまだ初潮を迎えていない少女が僧侶に選ばれて行うため、ずいぶん大人びた子から見るからに幼い子まで一緒に並んでいました。“イヒ”も“グファ”もお菓子をもらえるところは共通していて、日本で言えば七五三といったところでしょうか。少女達も嬉しそうにしていました。(写真上:着飾った少女たち 写真下:お祝いのお菓子)
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| 初田 一哉 |
出発日 |
1月15日 |
帰国日 |
1月24日 |
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「ハワイ4島クルーズ」から帰国しました。ハワイの主要4島である、カウアイ島、ハワイ島、マウイ島、そしてオアフ島を訪問。船旅だからこそ個性ある島々を効率よく巡ることができ、「ホノルルだけがハワイではない」ということを実感しました。
今回の旅で印象的だったのはカウアイ島の景勝地“ナ・パリ・コースト”です。ここは約500万年前に形成されたハワイ最古の地層であり、長年にわたる風雨と波の侵食により“緑のグランドキャニオン”の愛称で親しまれています。その景観は、圧巻でした。陸路でのアプローチは不可能なため、まさに船旅だからこそ出会えた景観です。
乗船した『プライド・オブ・アロハ号』は決して豪華客船ではありませんが、船内の内装もスタッフも陽気で、南国ムードに包まれたハワイの雰囲気たっぷりの船でした。「予想以上にハワイはおもしろかった」という言葉をお客様からいただき、本当にうれしかったです。
(写真上:ナ・パリ・コースト 写真下:プライド・オブ・アロハ号)
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| 水本 貴子 |
出発日 |
12月31日 |
帰国日 |
1月9日 |
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ベトナムきっての景勝地「ハロン湾」に行ってきました。専用ボートで港を出発し、すぐに島が見えてきました。さらに奥へ進むと、どこまで行ってもたくさんの小さな島が浮かんでいます。全部で大小3000もの島と奇岩がハロン湾にはあるそうです。まさに「海の桂林」。いえ、桂林よりもはるかにスケールが大きかったように思います。ボートで島と島の間を通りながらの昼食は、採れたての蟹や海老、しゃこなどをシンプルに蒸したものが中心で、ベトナムの塩と胡椒にすだちを絞って食べました。これが絶品。皆さん食べることに夢中で、途中水上生活のボートに立ち寄ったのですが、なんとどなたもボートからおりてきません。いかにおいしかったのかご想像いただけることでしょう。約7時間のクルージングの締めくくりは、夕日に映えるハロン湾。ハロン湾が最も美しいと言われる瞬間です。水面が最初はダイヤモンドのように輝き、次に黄金色、最後は優しいピンク色に染まりました。アジア特有のゆったりとした空気の中のんびりとお過ごしいただき、「良い正月だった」とおっしゃっていただいたのが大変嬉しかったです。(写真:ハロン湾夕景 イメージ)
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| 木村 祥子 |
出発日 |
12月30日 |
帰国日 |
1月6日 |
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「シチリア島歴史の舞台と小さな村を巡る旅」の添乗より戻りました。お天気にも恵まれ、シチリアの美しい海や山、素朴な村の雰囲気、多民族の生活の跡などを、見て感じて頂くことができました。日本と比較するとホテル設備やサービスなどは少々劣りますが、ここには人々の心の温かさがあります。地中海の温暖な気候が人々の温かい心を育てるのかもしれませんね。気温も15℃前後と暖かく、1月でもオレンジやレモンの実がなり、レストランでは絞りたてのフレッシュオレンジジュースが飲めます。今回宿泊したシチリア島随一のリゾート地タオルミーナの高級ホテル「ティメオ」の庭にも、オレンジやレモンの木が植えられていました。その実の立派なこと、思わず手を伸ばしてしまいそうになります。ゲーテもイタリア紀行の中で、イタリアのことを「レモンの小さな花咲く地」と書き、魅了されています。ここのところ様々な雑誌やテレビで特集がなされているシチリアへ、是非皆さんもお出かけ下さい。(写真:ホテル「ティメオ」の庭で見つけたレモンとオレンジ)
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| 山下 将臣 |
出発日 |
12月29日 |
帰国日 |
1月5日 |
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日本が厳冬の真っ只中、年末年始の「スペイン コスタ・デル・ソルの休日とアンダルシアの旅」に添乗に行ってきました。スペインの南端、“太陽海岸”と呼ばれる“コスタ・デル・ソル”は、その名の通り冬でも陽射しが強く、日中は20℃近くにもなりました。雲ひとつない空のもと、地中海から2006年の初日の出が美しく顔を出し、水平線を赤く染めていました。ツアーではイベリア半島とアフリカ大陸間のジブラルタル海峡を船で渡り、モロッコへ入国して半日のモロッコ体験観光をしました。わずか14kmしか離れていないにもかかわらず、海を渡る前と渡った後では世界があまりにも違うことにお客様も驚愕していました。スペイン側からはアフリカ大陸が、アフリカ大陸からはスペインの大地がすぐそこに見え、イスラム勢力がこの海を渡ってイベリア半島を支配したのは必然であったとさえ感じました。スペインの歴史に大きな影響を与えたイスラム支配の原点を垣間見た旅でした。
(写真:地中海を赤く染める2006年の初日の出)
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| 庄司 正行 |
出発日 |
12月28日 |
帰国日 |
1月4日 |
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ウィーンで迎えた新年は私にとって忘れられない思い出となりました。マリス・ヤンソンス指揮によるジルベスターコンサート。彼の指揮は体全体で音楽を奏で、私たちの心を躍らせます。いままで聴いたどんなワルツよりも軽やかで、そしてウィーンの香りを放っていました。新年を迎える前のウィーンは静まり返っていて、日本から離れた地で年末の雰囲気を感じられずにいた中、どこからともなく聞こえる花火の小さな音が、唯一私たちを新年へと運ぶ合図のようでした。そして新年を迎えた瞬間、旧市街のあらゆる場所から一斉に花火が打ち上げられました。第三の男の舞台プラーター遊園地、市庁舎、シェーンブルン宮殿、そしてホテルの目の前にある市立公園から花火が上がり、まさに360度が花火で埋め尽くされました。その景色は日本では絶対に見ることのできないものです。雪に覆われた白銀の街が、花火をさらに引き立てていました。私の2006年は、音楽とウィーンの魅力にたっぷりと浸る旅で幕が開けました。(写真:ジルベスターコンサート楽友協会内)
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