2013年5月9日更新

シルクロードの真髄 ウズベキスタン再考

ブハラのカラーン・ミナレットとカラーン・モスク
(C)Debraj Ghosh
この10年ばかり、シルクロード交易を独占したある民族の存在に注目が集まっています。彼らの故郷が現ウズベキスタンのオアシス都市でした。独立からおよそ20年、親日国家としても知られる、このウズベキスタンが、シルクロードの本場として見直されています。

中央ユーラシアが生んだシルクロード

「中央ユーラシア」という言葉を近年耳にするようになってきました。おおよそ、その中央が東西トルキスタンで、西は南ロシア平原から東はモンゴル平原までの範囲を指し、トルキスタンとは、ペルシャ語でトルコ語を話す人々の土地という意味を持ちます。広義に、東トルキスタンは新疆ウイグル自治区、西トルキスタンはウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、トルクメニスタン、タジキスタンの旧ソ連時代の中央アジア5カ国を指します。

ウズベキスタンは、独立後、たとえば、タシケントの地下鉄の駅の「マクシム・ゴーリキー駅」を「大シルクロード駅」に代えるなど、シルクロードの本場としてアピールしていますが、現在、それを証明するような、中央ユーラシアの研究が活発に行われています。

南ロシア平原にモンゴル平原、そして、中央アジアと聞くと乾燥した砂漠地帯を思い浮かべるように、中央ユーラシアには茫漠とした平野が見渡すかぎり続きます。この歩行するうえで障害の少ない自然条件こそ、シルクロードを誕生させ、遊牧騎馬民族を勃興させるきっかけになったのです。

シルクロード交易を握っていたのは?

シルクロードという名称は、19世紀のドイツ人地理学者リヒトホーフェンが造った、ザイゼンシュトラーセン(絹の道)という言葉を、イギリス人探検家のオーレル・スタインが英訳して広まったと紹介されます。それは、一本の道が中央ユーラシアの遊牧可能地帯に通っていたわけではありません。幾筋もの道が張り巡らされ、東西南北の町と町が結ばれ交易が盛んに行われていました。

その交易を牛耳っていたのがソグド人といわれています。ソグディアナ(ソグド人の地)と総称される、現在のウズベキスタンのサマルカンドやシャフリサブス、そしてブハラなどのオアシス都市が彼らの故郷でした。ソグディアナはかつて世界の四大楽園のひとつに数えられるほど豊かな土地で、ソグド人は農業を通じて発展していきましたが、人口が増えると、オアシスの限られた土地の中では、開発的、生産量的、経済的にも限界があります。そこで、彼らが選んだのが商業という道でした。

ブハラやサマルカンド、タシケントはもちろんのこと、ウルムチ、敦煌、蘭州、大同、西安、落陽などの中国各地にそれは広くソグド人関連の遺跡が点在しています。彼らは家族、同族、同郷など数人から1000人ほどの大小様々なコロニーを作り、それを広げて商売の拠点を各地に設けていくことによって、ネットワークを築いていったそうです。シルクロードが最も繁栄を見たのは、中国の唐時代ですが、現代の研究では、唐=漢民族による国家運営という定説を覆し、唐の成立にソグド人が深くかかわり、漢民族とソグドをはじめとする異民族がコラボレーションして国家運営がなされていたのではないか、という説が唱えられています。
 
日本で活躍したあの人がブハラ人?

なぜ彼らが活躍していたとわかるかというと、モンゴルや新疆ウイグル自治区の碑文にソグド文字が刻まれているように、彼らの文字が中央ユーラシアの国際言語として使用されていたこと、漢文書に彼らの名前とおぼしきものがそこかしこに見られることなどからです。

よく、胡麻、胡瓜、胡椒、胡桃など、「胡」の付くものは、西方からシルクロードを渡って中国に入ってきたものといわれ、従来それは、「胡人」や「胡商」、つまりペルシャ商人などがもたらしたものといわれてきました。この「胡商」も、まったくイコールではないものの、ソグド人という説が出されています。彼らはまた中国進出時、出身地に応じて漢字名を持たされたそうです。サマルカンド(康国)、安国(ブハラ)、石国(タシケント)という国名から、名前に、康、安、石などが付いている人は、ソグド人と考えられるのです。たとえば、楊貴妃を寵愛したことで知られる唐の玄宗皇帝の時代に、世界史の教科書にも出てくる、安史の乱(755~763年)が起こりますが、これを引き起こした、「安」禄山はブハラ出身のソグド人といわれます。

日本にも、ソグド人、ブハラの人は渡来したと考えられ、そのひとりが(異説はありますが)安如宝です。名前に聞き覚えがある方もいらっしゃるでしょう。井上靖の名作に『天平の甍』があります。日本に戒律を伝えようと(そうではなかったという説もありますが)、失明しながら、何度も失敗しながら、荒波を越えて日本にやってきた鑑真の生涯を描いた歴史物語です。その鑑真に付き従ってやってきた弟子のひとりが、安如宝でした。後に、彼は奈良・唐招提寺の住職になり、天平の甍たる、金堂の製作にも深くかかわったとされています。

また、法隆寺に伝わった白檀にソグド文字が刻まれていることも、ソグドと日本との関係の中で話題に上る事柄です。この白檀は、法隆寺から皇室に献上された後、現在は東京国立博物館が所蔵し、折にふれて展示もされています。

現代に受け継がれるソグド世界

現代の研究によって浮かび上がってきたソグド人の華々しい活躍。シルクロードを縦横に駆けて一時代を築いた彼らも、8世紀以降、新興のイスラム勢力の攻撃を受けて四散し、ソグディアナのイスラム化が進行していくなかで、その独自性は失われていったといわれます。

しかし、ソグド文字がウイグル文字に、ウイグル文字がモンゴル文字になったように、彼らの精神性や世界は今も引き継がれています。安禄山の話をしましたが、彼は父親がソグド人、母親が突厥(テュルク/トルコ系)でした。歴史的にはソグド人のテュルク化が進みましたが、(一方で)もちろん、テュルク系のウズベク人が約8割を占める、かつてのソグディアナの地、ウズベキスタンにもソグド世界は継承されているにちがいありません。また、一般的にブハラのマジョリティといわれるタジク人は、ソグド人の末裔ともいわれます。

ウズベキスタンを訪ねると、民族舞踊にふれる機会がありますが、色鮮やかな衣装に身を包んだ踊り子の女性たちが、ドレスの裾を翻しながら、回転する様子をご覧になることでしょう。これは胡旋舞といわれるものです。8~9世紀、世界最大級の人口を誇ったコスモポリタンシティ、長安でとりわけ人々を魅了したのが、亜麻色やブルネットの巻き毛、緑や青の瞳を持った胡姫といわれるダンサーたちでした。彼女たちの多くもまた、ソグド人であったといわれるようになってきています。ウズベキスタンで目にする彼女たちの、ひと舞、ひと舞……それは時を超えて、ソグドの華を見る瞬間でもあるのです。
 
ウズベク・テキスタイル
オアシスに咲いた色とりどりのデザイン


往時のシルクロードの旅人が、文字どおり無味乾燥な砂漠地帯を何日もかけて辿り着いた、ブハラやサマルカンド。そこで目にした風景は、まるで楽園を 見るように焼き付いて離れなかったことでしょう。木々の緑や青のドーム、そして、見目麗しい女性たちがまとう色鮮やかなファッション……。

ウズベキスタンはテキスタイル(織物、布地)の宝庫です。シルクロードの本場として、古くから絹を産し、織物を紡いできました。その奔放な色遣いと デザインは、その風土と遊牧民としての暮らしの中、東へ西へ、国際色豊かな文物が行き交った歴史の中で育まれてきました。旧ソ連崩壊後往来がしやすくなってからは、そのオリジナリティ溢れる中央ユーラシアのテキスタイルは、欧州や日本のデザイナーたちの注目を集め、1990年代後半に「ノマド」(遊牧民)をテーマにしたファッションが打ち出されるなど、今もモードの最先端に取り入れられています。

9刺繍を意味するスザニ、縦絣の織物アトラスなど、ウズベキスタンの町を歩けば、バザールを訪ねれば、ファッションショーさながら多彩なデザインに 出会うことできます。布は生活文化が最も反映されるもの。その意匠を通して長く受け継がれてきた、彼らの生き方や価値観に楽しくふれてみてください。

ウズベキスタンのテキスタイルで目をひくのは鮮やかな色であり、その色彩を生み出すもとになったのは、交易でもたらされた様々な動植物だったのでしょう。遊牧民たちの敵・味方を見分けるにも色は重要でした。デザインもユニークで、タンバリンのような民族楽器や弦楽器、女性のクシや羊の角などなどモチーフはいろいろとあり、想像してみるのも楽しいでしょう。ウズベキスタンのテキスタイルには、色やデザインの意匠に家族や部族に通じる意味合いや祈りが織り込まれているのです。
 
[上段左] (c)Debraj Ghosh [中段左] (c)Debraj Ghosh [中段右] (c)World Bank Photo Collection [下段] (c)David Stanley
イスラム文明の中心的存在

ウズベキスタンの見どころは、サマルカンド、ブハラ、ヒワの3都市が代表格ですが、ワールドの添乗員やお客様の声を聞いていても、最も人気の高いのがブハラです。なぜなら、数泊して歩くにはちょうどよい広さで治安もよく、ひとり歩きが楽しめるのに加え、昔ながらの町の佇まいを今もよく残しているからです。世界中に古都と呼ばれる場所はありますが、間違いなくこの町は、昔日の雰囲気を味わわせてくれる、世界でも指折りの町だと思います。

ブハラの歴史は2500年以上も遡ります。ソグディアナのオアシス都市として栄え、9世紀後半にはサーマーン朝の都になり、13世紀のチンギス・ハーンの侵略を経て、16世紀にはシャイバーン朝の都になり、以後、1920年までブハラ・カン国の首都であり続けました。サーマーン朝時代をはじめ、ペルシャ・イスラム文明の中心的存在になり、イスラム世界各地から法学者や学生が集まったことから、ブハーラー・イ・シャリーフ、つまり聖なる町として名を轟かせてきました。
イスマイール・サマニ廟
中世には360以上のモスクと80以上のメドレッセ(イスラム神学校)があったといわれ、現在そこまでは数えませんが、140以上の往時の建築が残されているそうです。

有名どころを挙げると、イスマイール・サマニ廟がそのひとつ。10世紀後半の建造というのですから驚きます。イスラム型の墓廟の中でもかなり早い段階のもので、色に頼らない、焼き煉瓦の見事な装飾が目をひきます。日光の角度によって異なる陰影が作り出されることを想定してデザインされており、当時の美意識の高さにグッときます。
イスラム前の古層が顔を覗かせる

また、ブハラの象徴が、ポイ・カラーン広場に建つ、ミナレットとメドレッセ、モスクです。イスラムの祈りを呼びかける塔ミナレットは約46メートル。青空に屹立するその姿は圧巻で、チンギス・ハーンの破壊を免れ、ブハラの歴史を見守ってきました。1127年に建てられ、煉瓦の積み方を変えて、異なる模様を浮かび上がらせています。この高さですから、敵の侵略を知らせる見張り台の役割を果たし、かつての隊商にとって、また現代の旅人にとっても、ブハラ到着を知らせる目印になっています。

「カラーン」というのは、タジク語で、「大きい」を意味します。ウズベキスタンは、ウズベク人が主流を占めますが、ブハラにはタジク人が数多く暮らしているといわれ、このタジク人の祖はソグド人ともいわれます。彼らはゾロアスター教を信仰していました。すっかりイスラムで覆われた現在のブハラの町並みの中にも、その遺構がところどころに顔を覗かせています。

イスマイール・サマニ廟の文様やカラーン・ミナレットの文様が、ゾロアスター教の文様であると紹介されたり、ブハラ最古のマゴキ・アッタリ・モスクはゾロアスター教の神殿の上に建てられているのですが、今も、ゾロアスター教の世界を構成する4元素、「水、火、風、土」を表す文様が壁に見られたりします。
屋根付きバザールのタキ

また、タキにも注目です。これは、タジク語でドームを意味し、屋根付きのバザールのことです。シルクロードから時代は下りますが、18世紀、ブハラ のタジク人たちは、いにしえのソグド人を彷彿させるように、帝政ロシアと清朝との中継貿易で富を築き、積極的に海外にも進出し、商取引を行っていたそうです。その商いの聖地としての名残がタキなのです。人通りの多い辻々にバザールが開かれ、最盛期には40のタキを数えたそうです。

現在もそのうちのいくつかが残され、伝統の布スザニや特産のコウノトリのくちばしをモチーフにしたハサミ、帽子、陶器、伝統楽器など、様々な商品や土産物が軒先を飾っていますので、散策中にぜひ訪ねたいものです。

チンギス・ハーンによる破壊を受けたものの、主要な建物の配置など9世紀以来変わっていないというブハラには、歴史的な遺構がいくつも立ち並んでいますが、時の蓄積がもたらす町の雰囲気には独特のものがあります。ブハラ散歩には、旅心を大いに刺激されること間違いありません。ここでは、まさしく「シルクロード」が体験できるのです。
(左上) ポイ・カラーン広場 (右上) バラハウズ・モスク (C)Debraj Ghosh (左下) マゴキ・アッタリ・モスク (右下) ラビ・ハウズ

 
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