2015年3月2日更新

視察報告 新しい旅先「ロシア・カルムイク共和国」

商品企画部の浅川直実です。
 

皆さまはヨーロッパ唯一の仏教国、ロシアのカルムイク共和国をご存じでしょうか?かく言う私も、旧ソ連時代から40年以上もロシア旅行に携わってきたものの初めて耳にする国でした。視察へ旅立つ前、カルムイクに関してインターネットで調べたところ、「ロシアの仏教の街」ということなど、ある程度の事前知識を得ることができましたが、ベールに包まれた場所であるというイメージのまま出かけました。


世にも不思議な、欧州唯一の仏教国

モスクワからカルムイク共和国の首都エリスタまで空路約2時間。カスピ海の北西に位置する、北海道よりやや小さいカルムイク共和国の人口は約28万人を数える。56パーセントはモンゴル系のカルムイク人、残りの44パーセントはロシア人、チチェン人など多くの民族が住む多民族国家である。また前大統領のイリュジーノフ氏はモスクワ国際関係大学で日本学を学んだ経歴から、住民の多くが日本に憧れを抱いているそうである。

日本に憧れるカルムイク共和国
まずは、簡単にこの国の歴史を振り返ってみたい。
 
写真〈上〉:エリスタの人々は敬けんな仏教徒が多い。チベット仏教のブルカン・バクシン・アルタン・シュメ寺院

そもそもカルムイク人は、西モンゴル族オイラートの一族で、チベット仏教を信仰する遊牧民であった。もともとは現在の中国・新疆ウイグル自治区に住んでいたが、清朝の遠征や民族間の内紛を避け、ロシア人とコンタクトを持ち、ロシア領に入ることを許され、現在住んでいるボルガ川下流域、カスピ海に住み着くことになった。  

18世紀、父祖の地が疫病によって空き地となったことを聞き及んだ当時の指導者は帰還を試みたものの、その年は暖冬でボルガ川が凍結せず、ボルガ川西岸にいた半数のカルムイク人はそこにとどまったのだという。  

その後スターリンの時代、ソ連は宗教を禁止し、寺院も破壊した。また住民がドイツ軍に協力したという理由で、住民の多くが厳寒のなか、汚い木造の貨車に詰め込まれてシベリアなどに強制移住させられ(当時の貨車は博物館として市内に保存されている)、1943年には国が滅びることになったのである。

その後、1957年には名誉が回復され再び自治州に。さらに1991年には共和国となるという移住と離散を繰り返した悲劇の歴史があった。仏教信仰が公認されたのはゴルバチョフの時代になってからである。ちなみにレーニンの曽祖父のひとりがカルムイク人であったといわれている。

             ロシアとモンゴルが混在するエリスタ
写真〈上〉:エリスタの人々は敬けんな仏教徒が多い。チベット仏教のブルカ ン・バクシン・アルタン・シュメ寺院
  〈左〉:シャキュスン・スメ寺院


2014年11月2日の昼過ぎにボルガ川西岸のボルゴグラードを出発、心配していた道路状態は思いのほか良好で、エリスタ市街には夜7時前に到着し、「ホワイト・ロータス(白い蓮)・ホテル」にチェックイン。

ホテルといっても外観はオフィスといった感じだったが、部屋は思いのほか清潔、また熱いシャワーも出て、まずは快適に過ごすことができた。  
 
カルムイク共和国の首都エリスタは、
 仏教とロシア正教が混在している
翌朝、地元の旅行会社社長と会い、市内の主な観光地、ホテル、レストラン、多くの人々が集まる市場などを案内してもらった。

街の中心には立派な仏教寺院がいくつか建てられ、ダライ・ラマも訪れたヨーロッパで最大の仏像が安置されているシャキュスン・スメ寺院では、ロシア人を含む多くの仏教徒がお経を唱えている姿がとくに印象的であった。

さらにロシア正教会もいくつかあり、多くのロシア人が礼拝している姿が見られた。まさにロシアとモンゴルが混在する街である。
 
エリスタの市場
ホテルも何軒か視察したが、今回宿泊した「ホワイト・ロータス」が最良で、運よくすべてのツアーの予約を確保することができた。その日の夕食は旅行会社社長と一緒にカルムイク人たちがよく利用しているというレストランで今後の観光についての話をすることに。

「主要産業に恵まれないカルムイクは今後海外から、特に日本からの観光客を積極的に受け入れる方針だ。そのためにも国とホテルの建設について検討を始めている」と熱く語ってくれた。

モスクワと比べて四半世紀昔にタイムスリップしたかのようなエリスタの街。連邦政府からの経済的な援助も少なく、けっして経済的に恵まれてい
るとはいえないが、ヨーロッパ唯一の仏教国として、人々は仏教に誇りを持って暮らしている。ロシア、いや、ヨーロッパの中でも異彩を放つ希有な街である。

            カスピ海のデルタ地帯 ロシア人憧れのアストラハン
©Michael Clarke stuff
写真〈上〉:アストラハンのクレムリン。ロシア的美しさが見事 ©Michael Clarke stuff

エリスタを後に車で6時間ほど、カスピ海沿岸まで約90キロのアストラハンはロシアの美しい古都。歴史的にも古くからシルクロードと海への道が交差する地点であり、戦略的にも政治的にもハザール人、ポロヴェツ人、タタール人などの諸民族が数百年にわたって興亡を繰り返した地である。

17世紀には、ステパン・ラージンの率いる農民コサックの蜂起舞台に占拠されていたという歴史もある。その後18世紀初頭、帝政ロシアのピョートル一世の時代はアストラハンにとって飛躍の時代となった。造船所や軍港が次々と建設され、1769年には整然とした規則的な街路計画が進み、その後2000軒以上の石造建築と7000軒の木造建築が立ち並んだ。  

街の最大の見どころはなんと言ってもクレムリンである。クレムリンの石造りの城壁は、モスクワの要塞職人ヴェリアミーノフとグベースティーによって建設され、敷地面積は11ヘクタール。城壁内に建つ、鐘楼の屋根の色が異彩を放つウスペンスキー聖堂やトロイツキー聖堂は、モスクワのクレムリンよりも美しいと感じさせる見事な建築物である。

クレムリン以外にも街のあちこちに美しい建築物を見ることができる。街で最も美しいとされる、ロシア・モダン様式の美的要素が取り入れられた旧雇用センター、バロック様式の旧グービン兄弟商館など例を挙げたらキリがないほど、目を奪われる建築物が目白押しである。

キャビアを中心に漁業が盛ん
カルムイク料理(焼きうどん)
 写真〈左上〉:カルムイク料理(焼きうどん) 〈右上〉:盛り付けにもこだわったロシア名物「キエフ風カツレツ」

旧ソ連時代に入って、キャビアの生産などの漁業も飛躍的に発展し、今では魚料理専門のレストランも多く見ることができる。滞在中何軒かのレストランで試食したが、いずれのレストランも味のみならず、おしゃれな盛り付けなど納得できるレベルであった。事前に調べた数軒のホテルも視察したが、オープンしたばかりのものに決定した。  

地元の旅行会社からの情報で視察したのだが、なんとクレムリンまで徒歩で数分、ホテルの設備も新しいだけあって清潔。従業員の教育も行き届いており、文句なく全出発日このホテルに決定した。アストラハンは一部ボルガ川クルーズで訪れるツアーもあるが、やはりゆっくり滞在することで良さを十分感じていただける街である。


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