私たちだけ、夜明けのペトラ観光
4月22日、まだ夜が明けきらない早朝の5時15分、ヨルダンが誇るペトラ遺跡の入り口に立った。
アンマンの観光省を通じ、前日ペトラの観光局に赴いて、一般の観光客が入場する前に、特別に見学させてもらう許可を得ることができた。しかし実際に現場まで話が通っているのか、非常に不安な思いで入り口の窓を叩くと、当番のおじさんが眠そうな顔をしながら、「話は聞いてるよ、何か咎められたらこの紙を見せれば問題ないから」と、小さな紙切れを渡しながら南京錠を開けてくれた。小さな紙切れにはアラビア文字で何が書いてあるのか、その内容はさっぱりわからない。こんな早朝でも遺跡の中には係員が待機しているのだろうか。いずれにせよ、何かあったらこの紙切れを見せればよい。黄門さまの印籠と同じ威力があるのだろうと、人っ子ひとりいない遺跡を歩き始めた。
辺りはまだ暗く、道は大きな石や小さな石がごろごろしているので、足元に十分注意しながらファラオの宝物殿(エル・カズネ)を目指す。1キロほど歩くとシークと呼ばれる狭い道に続く。シークとは、高さ100メートルもの岩が水の浸食作用によって削られ、峡谷の底にできた道で、左右に切り立った崖の間は狭く、エル・カズネまで1.5キロほど続く。シークはエル・カズネに通じる唯一の道で、攻めるのに難く、守るのに易い天然の要塞であった。このシークを歩いていると、夜明けが近いのか辺りが白み始めてきた。ここまで人の気配はまったくない。ほどなく最後のシークを抜けると、突然高さ40メートルの巨大なバラ色の建物エル・カズネが出現した。岩陰にあって朝日が直接当たることはないが、徐々に日に浮かび上がってくるエル・カズネは感動的だ。何より午前中から多くの観光客が訪れる世界遺産ペトラを独り占め、である。まさに至福の瞬間であった。興奮冷めやらぬまま、さらにローマ劇場、コリント式墳墓、列柱通りと進む。途中、土産物を売る露店に寝泊まりしている店員が、「なんでこんな時間に外国人がいるのか」とでも言いたげな表情でこちらを見ていた。
再びエル・カズネまで引き返し、瞼にしっかりと焼き付け、シークを通って帰路に着く。往路は見ることができなかったが、シークの途中には多くの遺物がある。ナバテア語で書かれた碑文、ナバテア人の神ドゥシュラを祭った祭壇などをゆっくりと写真に収め、遺跡の入り口に戻った。いつもの観光だと人に溢れたなかでの訪問が、最後まで誰にも出会わず私たちだけ。これ以上の贅沢はありえないであろう。ホテルに戻り朝食のためレストランへ。食事中の観光客は、これからペトラ見学に出かける人々ばかり。表現は適切ではないかもしれないが、優越感というか充実感というか、ワールド航空のお客様にもぜひとも味わっていただきたい体験であった。
ペトラは世界中の観光客が一度は訪れたいと思う世界遺産。ゆえにホテルの確保が大きな課題となっている。以前に比べて状況は改善されているものの、一定レベル以上のホテルを確保するには、それ相応の努力が必要となっている。今回、今年3月にオープンしたばかりの「ベイト・ザマン」という新しいコンセプトのホテルを視察した。ペトラでは唯一の5ツ星にランクされ、客室がそれぞれ独立した建物になった、いわゆるヴィラのような造りとなっており、外観は伝統的なスタイルで、内部は近代的という、たいへん快適なホテルである。視察では満室で宿泊することは叶わなかったが、ホテルのジェネラル・マネージャーと交渉の結果、なんとかワールド航空の皆様にはお泊まりいただけるよう、最大限の努力をしてくれる約束を取り付けることができた。
ベイト・ザマンに宿泊し、ペトラの早朝観光をする、今までにないペトラでの楽しみ方になることを確信した。 |