二重構造の不思議な街―グァナハト
 幹線道路を離れて次第に丘陵地帯へと入ってゆく。トンネルを3つ抜けると、突然のようにグァナハトの街が姿を現した。旅人はまるで一瞬のうちに時空を飛び越えて、別世界に迷い込んだように錯覚してしまう。そこで私たちを待ち受けていたのは、スペイン人たちが残した、しかも莫大な資金を投じたであろう、谷あいに開けた立派な街だった。―グァナハト。
 石造りの南欧的な家々が重なるように連なり、道が二重、三重に交錯していて、非常に立体感のある構造。地下にはいくつもの地下道(トンネル)が張り巡らされていて、トンネルは時折、地下で枝分かれもしている。トンネルの車の往来は結構な量だが、その上に載った街並みには車の姿をほとんど見ることはなく、人々がのどかな生活を送っている。実はこのトンネルは、グァナハトが鉱山で栄えた17世紀に築かれた排水溝であった。岩壁がゴツゴツとしているのはそのためで、グァナハトへの交通量が急激に増えたために、その後道路に変更されたのだという。

 この地に最初にスペイン人が訪れたのが1530年。その後、銀鉱脈が発掘されたため、銀を求める人たちでたちまち街が造られ、グァナハト市は1552年に誕生した。そしてメキシコはもちろん、世界でも有数の銀鉱山を誇る街として、世界の富がこの小さな街に流れ込み、その街並みは豪奢な建物で埋め尽くされていった。その名残が本国スペインに劣らない幾つもの教会やグァナハト大学の威風堂々たる姿、絢爛なファーレス劇場、かつてのグァナハト中央駅(現在のイダルゴ市場)などである。民家のひとつひとつも、まるでスペインの古い都を思わせるように、邸宅と呼ぶべき大きさで当時の隆盛を思わせる。まさに「王冠の宝石」と謳われるにふさわしい。ところどころに造られた広場も、それぞれが個性的で、周囲の街角を背景にフィルムが何本あっても足らないほど。カテドラルとファーレス劇場の向かいの庭園には植樹された街路樹がきれいに刈り込まれ、自然の陽影を作り出す。その角のカフェ・ヴァラデッツは昔の大邸宅のひとつで、街歩きの途中の小休止におすすめしたい。
 目の前のファーレス劇場の内部も必見である。「銀貴族」となったクリオーニョ(メキシコ生まれのスペイン人)の夢の街グァナハトを象徴する豪華なものだ。1600年代、当時ヨーロッパで流行していた感動的なバロック様式の建築が、ヨーロッパを越える勢いでこのグァナハトに造られていった。今でも、金と赤で彩られた内装のこの劇場をベースに10月には音楽祭が催され、国際的な一流プレーヤーによる様々なコンサートが繰り広げられるという。2階のサロンに今は亡きレナード・バーンスタインの記念写真を見出したときはうれしかった。
 巨万の富を得たクリオーニョたちは次第にメキシコ先住民の芸術や宗教的要素も取り入れてゆく。もともと先住民たちは、マヤやアステカ文明で証明されるように、優れた文化を持っていた。グァナハトに残る建築物の数々は、設計デザインにヨーロッパの建築家を使う一方で、円蓋や装飾には現地の職人である先住民を起用することによって、見事にその融合を図ったのである。
 そして、一見スペインの再現のように見えるコロニアル建築は、外観はヨーロッパではあるが、心にはメキシコの原風景が潜む本国と微妙に異なる独自の姿を確立してゆく。本国のスペインに対するクリオーニョたちの自負の表現だったのだろう。

宝石のような夜景がなんとも幻想的
 この素晴らしい街の全景をとらえることのできる「ピピラの像」の展望台に上ってみよう。あっと息を呑む光景とはこのことだろう。谷あいに沿って街が築かれ、その中心部にカテドラルやグァナハト大学、ドンキホーテ博物館、ユニオン公園などを一望できる。そして周辺の山の中腹にまで、ぎっしりと民家が軒を並べている。特に日没頃の夕闇に街の灯が点々と灯る光景は、「宝石」と呼ばれるのも頷けるものだ。
 中心部にはフニクラで下りられる。あっという間に自分自身が「宝石」に吸い込まれてゆく、そんな感覚を味わえることだろう。
 古い街なので、グループを受け入れられる規模のホテルは中心部にはない。街はずれのホテル、「レアル・ド・ミナス(ミナスは鉱山の意)」は、コロニアルシティにぴったりの昔ながらの雰囲気を残すホテル(シャワーのみです)。街の散策を楽しんで、タクシーで戻ってもほんの数分(約200円)。2泊のうち、1回は夜景を楽しんだ後にロープウェイで街の中心部へ下り、夕食は市内のレストランでご用意することにした。ノスタルジックな一夜をお過ごしいただけると思う。
(グァナハト旧市街―1988年に世界遺産に登録)。

銀貴族の夢の跡―サカテカス
 アグアスカリエンテスの快適なホテル(2泊)をベースに、もうひとつの銀鉱山の町サカテカスを訪ねた。昨年開通したばかりの道路を快適に飛ばして向かう。グァナハトにやや先んじてスペイン人が銀鉱を発見、スペイン人の黄金郷、シルバーラッシュの原点がここであった。
 このサカテカスへのアプローチはなんといってもロープウェイであろう。いきなり谷あいに築かれたサカテカスの中心部に入らずに、まず銀鉱山ブファ山へ向かう(大型バスで街の中心に入りづらい、という事情もある)。ここからの眼下のサカテカスの街の眺望を楽しんだ後は、ロープウェイに乗って足元に刻々と角度を変えながら広がる街の全容を見ながら次第に降りていき、反対側のロープウェイの駅へ。街全体がメキシコ特有のピンクストーンで築かれているので、ぼんやりとピンクの色調であることに気づくことだろう。
 ロープウェイの駅からいよいよ、このコロニアルシティの散策へ出かける。谷あいの街なので、全体がなだらかな坂道。やや高度のある谷の奥のラファエル・コロネル博物館(5000を超えるマスクの展示が興味深い)辺りから坂道をだらだら下りながらの散策ルートが体に楽である。
 そして散策のフィナーレが、あの巨大なカテドラル、アルマス広場、オルテガ市場、知事公邸などに囲まれた、このサカテカスの中心部。カテドラルの正面は圧巻である。正面入り口に施された、彫りの深い独特の装飾はメキシコ・コロニアル建築の代表作といわれるチュリゲーラ・バロック様式。スペイン文化とメキシコ先住民の融合した作品で、少なからず衝撃を受けた。「石が造り上げた夢」。石をこれほど柔らかく表現した技術は素晴らしさを超え、驚きを禁じ得なかった。
 カテドラルの南に隣接するゴンザレス・オルテガ市場。急成長したサカテカスの市民生活を支えるマーケットとして19世紀に完成しているが、当時としては大変珍しい鉄骨構造の建物で、完成までに3年かかったという。今でもショッピングセンターとして市民生活には欠かせない存在。1階のカフェ・レストランで寛ぐのもおすすめである。
 このサカテカスの印象をさらに深めていただくために、コロニアル時代の大邸宅(現在は小さなホテル)での昼食を用意することにした。街の中心部の散策観光で少し疲れた足を休めていただくのにも好適な立地である。建物は2階建て、黄色の壁面が中庭を囲むように造られている。19世紀に家族一人にひとつの部屋が造られたという大邸宅で、1993年にホテルとしてリニューアルオープン。裕福だったクリオーニョたちの優雅な暮らしぶりを肌で感じ、人々のざわめきまでがタイムスリップした中世を思わせてくれる。
 20世紀の初め、銀鉱山の衰退が急激にサカテカスの経済を圧迫する。その経済的な没落によって人々から見離された結果、旧市街の歴史建築が当時の姿をそのまま残すこととなったのは、皮肉ながら少なくとも今訪ねる私たちにとっては、幸運なことなのかもしれない。
(サカテカス旧市街―1993年、世界遺産に登録)

※さて、明日からは、メキシコ南部オアハカを目指す。オアハカとその周辺も見どころが多いが、この報告は引き続き次号(11月号)でお届けしたい。お楽しみにお待ちください。
参考:「メキシコ中央高原」(旅名人ブックスNo.15)

 

朝と夕刻の2回、この角度から全く別の顔を見せるグァナハトの全景を楽しみます。

グァナハトのバジリカ広場。スペインの街角を思わせる。

グァナハト大学の立派な入口

ファーレス劇場の内装は金と赤の豪奢なもの

人も地下トンネルから歩き出てくる

噴水広場が町のあちこちにあり、人々の憩いの場となっている

グァナハト(2泊)のコロニアルな旅情いっぱいのホテル「レアル・ド・ミナス」

サンミゲール・デ・アジェンデは、芸術家たちに愛される小さな町

お洒落なレストランも多く、レストランでランチをご用意することにしました

サカテカスのカテドラル。正面ファサードは驚きの石の彫刻

サカテカス旧市街の路地。古都の風情があり散策も楽しみ

ロープウェイで手前の旧市街の全貌を眺めながら下り、いよいよサカテカスの中心部へ


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