フランス人が造った高原リゾート
東南アジア独特のあの蒸し暑さと喧噪のホーチミンより航空機でわずか1時間、一転、ダラットには爽やかな陽気とのんびりした空気が流れていました。
ここはベトナム人の、とくにハーネムナーに大人気の地で、私が滞在していたときにも3組の結婚式に出会いました。またヨーロッパの個人客にも多く出会う一方、日本人はほとんど見かけることがありませんでした。
これは、日本ではまだあまり紹介されていないからであり、ヨーロッパ人が訪ねるのは、ここがかつて仏領時代の避暑地だったからです。その町並みと雰囲気は、ベトナムの人々にも人気です。
フランス人がダラットを「発見」したのは1893年。ペストのワクチンを見つけたことで知られるアレクサンドル・エルサンが、この地をフランス人の保養地にしたらどうかと当時のフランス人の総督、後のフランス大統領ポール・ドゥメールに進言しました。標高1500メートルにあって、ヨーロッパの初夏を感じさせる気候の高原のこの地は避暑にうってつけでした。当時のフランス人は教会や学校そしてダムを建設、人工の湖スアンフォン湖まで造って、まるでヨーロッパのようなリゾートを造り上げてしまいました。
空港から町中へ向かう途中に感じたのは、緑が多いことと、畑が多いこと。運転手のティックによると「ダラットの野菜はベトナム一おいしい。果物もね。ニンジン、キャベツ、ホウレンソウ、チンゲン菜、ジャガイモ、タロイモなどなど、ザボン、スイカ、イチゴ、また花もキレイ。たくさんの農作物が市場にいっぱい並んでいるよ」。
山道を少し走ると、建物が見えてきました。バスク地方を思わせるオレンジ色の瓦屋根。ノルマンディーを思い浮かべさせるむき出しの梁などヨーロッパの田舎街を連想しました。
街随一の5ツ星ホテルは迎賓館街のいちばん見晴らしの良いところに建つ建物、それがツアーで3連泊する「ソフィテル・ダラット・パレス」ホテルです。このホテルの魅力は様々ありますが、第一にロケーションの良さです。街の中心の市場までのんびり歩いて15分という、ちょうどよい場所に位置しています。ホテルのすぐ近くには大教会や郵便局もあり、朝の散歩で訪れるのもいいでしょう。外観も堂々たるものです。
ホテルに到着すると、ポーターが笑顔で迎えてくれました。スタッフたちも同時に声をかけてくれます。それもビジネスライクなものでなく、初めての宿泊なのにまるで常客のような気分になってしまいました。
この建物は1922年建造で、もともと迎賓館として使われていたものです。それを1993〜1995年の2年間をかけて大改装が行われました。
吹き抜けのロビーからバスルームに至るまでインテリアはロココスタイルで統一されています。ホテルは3階建ての低層階のもので、周囲は広い庭園で囲まれています。図書館などもあり、ツアーでは、私たちグループのためにマネージャー自らこのホテルの歴史などを話しながら、ホテルを案内してくれるプログラムを約束してくれました。
部屋に入るとよく手入れされたダークブラウンのフロアとコントラストの美しい白色の壁、ベッドや照明器具そしてバスルームまで、オリジナルの容姿を損なわぬようにロココ様式の姿をとどめ、旅人の心を和ませてくれます。そして、ロビーや部屋の中で時間があればことさら何もせず、本でも呼んで過ごしたいと思わせる、のんびり滞在するにはぴったりのホテルです。
メインダイニングではフランス人シェフが作る本格フレンチのディナーをお召し上がりいただきます。時間のある午後には、アフターヌーンティーもお楽しみいただきます。自由時間にはご希望の方には料理教室やフラワーファームへの訪問などのプログラムもご用意しています(実費)。
ダラットの町についてふれる余裕がありませんが、スアンフォン湖畔や市場など、あくせく動き回るのではなく、ホテルでゆっくりくつろいで町をぶらりと散策するには、思っていた以上に素敵な町でした。
フランス人がダラットを発見したのは、ちょうどベル・エポックの時代です。産業革命が進み、スピードや効率が宣伝された時代でした。それからおよそ100年、時代は巡り今再び、ダラットで頭と心を休めるのもいいかもしれません。
ダラットこだわりのホテル ソフィテル・ダラット・パレス建築は1922年。ベトナム最後の皇帝であるパオダイ帝の迎賓館としてかつて使用されていました。1993〜95年に大改装が行われ、今の形になりました。ロビーからバスルームに至るまでインテリアはロココ調で統一。客室に備えられている暖炉はすべて、いつでもすぐに使用できるように磨き上げられています。
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